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2015年06月13日 20時35分

神戸連続殺傷事件「元少年A」はなぜ手記を出したのか? 太田出版・編集担当者に聞く

神戸連続殺傷事件「元少年A」はなぜ手記を出したのか? 太田出版・編集担当者に聞く
神戸連続児童殺傷事件を起こした「元少年A」が出版した手記「絶歌」(太田出版)

1997年に起きた「神戸連続児童殺傷事件」の犯人男性(32)が6月10日、事件を起こした経緯やその後の人生をつづった手記を出版したことが、大きな波紋を広げている。

事前に出版を知らされていなかったという事件の遺族が、あいついでマスコミにコメントを発表。殺害された土師淳くん(当時11歳)の父親守さん(59)は「少しでも遺族に対して悪いことをしたという気持ちがあるのなら、今すぐに、出版を中止し、本を回収してほしい」。山下彩花ちゃん(当時10歳)の母親、京子さん(59)は「何のために手記を出版したのかという彼の本当の動機が知りたいです」と問いかけた。

Amazonのカスタマーレビューには「評価に値しない」とか「世に出してはならない本」といった酷評が並んでいる。また、遺族に無断で本を発行したことなどについて、版元の太田出版(東京)には抗議の電話が殺到しているという。男性は今年3月、仲介者を通じて原稿を同社に持ち込んだというが、いったいどのような意図で出版に至ったのか。編集を担当した太田出版取締役の落合美砂さんに話を聞いた。(取材・渡邉一樹)

●遺族の批判を覚悟したうえで「出版」した理由とは?

男性が「元少年A」という名義で出版した手記は、ハードカバー294ページ。「絶歌」というタイトルが付けられている。

手記は2部構成で、第1部は当時14歳だった筆者が逮捕され「少年Aになった日」のエピソードから始まる。中心となっているのは事件を起こした1997年当時のことだが、殺人そのものについての描写は簡潔で、むしろそこに至ってしまった彼自身の心境が、松任谷由実さんの歌詞や、ドストエフスキー『罪と罰』などの引用も交えながら、独特の文体で語られている。

たとえば「ちぎれた錨(いかり)」という章では、「僕の人生が少しずつ脇道へと逸れていくことになった最初のきっかけは、最愛の祖母の死だった」と明かされる。

そして続く「原罪」という章で、男性は次のように告白している。

「僕は祖母の位牌の前で、祖母の遺影に見つめられながら、祖母の愛用していた遺品で、祖母のことを想いながら、精通を経験した」。「僕の中で"性"と"死"が"罪悪感"という接着剤でがっちりと結合した瞬間だった」。

一方、第2部では、21歳だった2004年、医療少年院を出て、再び社会に復帰してから、現在に至るまでの出来事が語られる。保護観察、更生保護施設、里親になってくれた家族とのエピソード、自立しネットカフェやカプセルホテルを泊まり歩く生活に、事件が色濃く影を落としている様子が語られる。被害者遺族への贖罪の気持ちや、家族への感謝の気持ちもふまえて、今回の手記を書いた経緯がつづられている。

そして、本の末尾には「被害者のご家族の皆様へ」「皆様に無断でこのような本を出版することになったことを、深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ありません。どのようなご批判も、甘んじて受ける覚悟です」とする謝罪文が添えられている。

このように批判を覚悟していたということだが、遺族らの感情を逆なでしてまで「手記」を出そうとしたのは、なぜなのか。原稿の提案を受けた太田出版が、出版に踏み切ったのは、どうしてなのか。

●「赤を入れて直したところはない」

——太田出版には、抗議の電話が殺到しているということですが・・・

「特にワイドショーで取り上げられた後は、すごいですね。『こんな本をなんで出すんだ?』という論調で取り上げられ、それと同じ趣旨の抗議電話が数多くありました。

ただ当初の抗議は、本を読んでいない、見てもいないという人たちばかりでした。6月12日になると、実際に書店で買って読んだという方から、『感動した』『参考になった』といった声も数は少ないですがありました」

——全294ページ。事件の経緯や、事件を起こした際の心の動き、反省の言葉などが、かなり独特な表現で書かれています。この本はいったいどこまで本人が書いたものなのですか。

「編集者として、ここは説明不足なので加筆してほしいとか、ここは削除してほしい、ここは言い換えてほしいみたいなことは言いました。しかし、基本的には、私が手を入れることはありませんでした。ちょっと手は入れられない原稿というか・・・。

独自の文体をもっていらっしゃったので、加筆するにしても、こういった趣旨のことを加筆してほしいと伝えて、全部、彼にやってもらいました。指示は出しましたが、具体的に私が赤を入れて、直したところはないですね」

——原稿を受け取った立場として、どういう意図で出版に応じたのでしょうか。

「彼のような少年が起こした事件について、少年審判が始まってから後のことは、審判の過程も含めてあまり公表されていません。また、社会復帰をしたあと、どうなっているかということも、ほとんど語られていません。

少年事件の当事者が、きちんと自分の言葉で、そうしたことを語ったというのは、初めてだと思います。その手記はやはり貴重なのではないかと思いました。

手記を読んだとき、個人的にすごいなと感じたのは、彼が少年院を仮退院した後、保護司さんや里親、更生保護施設などから、ものすごいフォローを受けていたことです。罪を犯した少年が更生するために、これだけ様々な人が力を貸しているんだということを、ある種の驚きを持って読みました。

ここは、全然知られていないところです。少年を更生するために、いろいろな方々がほとんどボランティアみたいな形で力を尽くしている。もちろん、制度について大まかな話を聞いたことはありましたが、ここまで細やかなフォローをしながら、社会に慣れさせて、段階を踏んで更生する形になっているとは・・・。今回、手記を読んで、初めて知りました」

——いろいろな意味で影響が大きい本だと思いますが、本を出すことに躊躇はなかったのですか。特に、神戸連続少年殺傷事件については、影響を受けたという少年少女が出てきていましたが・・・。

「本というのは、良きにつけ悪しきにつけ、多かれ少なかれ、他人に影響を与えるものだと思います。

彼は、この事件についてテレビで企画された討論会で、ある男の子が発した『なぜ人を殺してはいけないのか?』という質問に、大人たちが答えられなかったというエピソードを紹介したうえで、彼の体験を通じた、彼なりの答えを用意しています。そこを読んでもらえればと思います」

手記の中で、元少年Aは、今ならこの問いに次のように回答すると記している。

《「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから」

哲学的な捻りも何もない、こんな平易な言葉で、その少年を納得させられるとは到底思えない。でも、これが少年院を出て以来十一年間、重い十字架を引き摺りながらのたうち回って生き、やっと見付けた唯一の、僕の「答え」だった。》

●「異常な記憶力と感じた」

——ところで、手記のエピソードは、どこまで本当なのでしょうか。彼がどこまで真実を語っているのかについては、どう感じられましたか。記憶が間違っているとか、あえて都合の良いように書いているということはないでしょうか。

「記憶が間違っていることはおそらくないと思います。なぜなら、あそこまで細かく描写できるのは、場面が脳にシーンとして刻まれているからだと思います。手記は、記憶の再現だと思います。本当に記憶力が良く、特に視覚における記憶力が並外れていますね。

たとえば、先ほど私が『削ってもらった』と言った場面の一つが、最初の取り調べのシーンで、最初の原稿ではとにかく人物がめちゃくちゃ克明に描かれていました。これは本人が特定できるなというぐらいの描写なんですよ。部屋の様子なども含めて、鮮明に覚えているのだと思います。そこで交わされた会話も含めて、異常な記憶力だと感じました」

——第1部は文学的な表現も多く、創作的なところもあるのではないかと思いましたが・・・

「たとえば、(凶器を捨てた)池についての描写とかは、文学的な表現を使っていますけれども、私には、たぶん彼の目にはそういう風に見えていたんだろう、という感じがしました」

——あえてあのような表現を用いることで、当時の感覚を再現しようとしたということですか?

「そうだと思います。だから少年時代の第1部と、第2部では文体が大きく違っていて、第1部は『あの当時』のことを鮮明に思い出して、当時自分が考えたこととかそういったことを懸命に思い出して、それを書いている。だから、第1部は14歳の少年っぽい心理描写にもなっています」

——確かに、第1部を読んでいるときは、この人は14歳のまま止まっているのではないかと思いました。

「それに対して第2部は更生施設を出てきた後の、『その時の自分』として書いていると思います」

——ほとんど手を入れていないということでしたが、ひとりの素人が、ここまで本を作りこんでくることは、よくあるのですか。

「全くの素人でも、細かく作ってくる人はいますが、ここまで完成度の高いものは初めてで、経験がないですね。タイトルも見出しも、全部自分で付けて、口絵の写真も入れたいという形で、持ち込みのときには、構成も全部このまんまでした。

大きな直しは個人が特定できる部分を削ったりとかぐらいで、あとは、ここは分かりづらいので言葉を変えてくれとか、それぐらいですね」

——ドストエフスキーなどの引用が、数多くなされていますが、それもそのままですか。

「引用も全部入ってました。そのまま。しかも、引用が一字一句間違っていなかった。突き合わせをしたときにおどろきました」

——「絶歌」というタイトルは、どういう意味なのですか。

「それは、本人が『どうしても』と、決めていらしてですね、本文にも説明がないので、造語だと思うんですけど、正直言ってどういう意味かというのはですね、聞いても説明がなかったですね。最初から『このタイトルで行きたい』ということだったので、『じゃあ』という感じで・・・」

——本を出版したことに対する反応、批判は、本人にも伝わっているのでしょうか?

「本が出て以降、出版社側からは、事務的な連絡以外はしていません。あんまりいろいろ連絡をしたりすると、それによって彼の居場所が分かったりするのはよくないので、基本的に刊行後はできるだけ接触は避けています」

——いま、こういう状態になっていることは、本人もおわかりにはなっているのでしょうか。

「それは、テレビやメディアは見ているでしょうから、分かっていると思います」

——コメントを出す予定は?

「それはないですね。取材を受ける予定は一切ありません。この本そのものが、彼自身の考えなので。これ以上コメントを出すということはないと思います」

——遺族には、すでに本を送られたのでしょうか。

「本人は、出版について事前には連絡しないと決めたときに、事後報告になってしまったことと、本をどうしても出さなくちゃいけなかったというお詫びの手紙を付けて献本すると言っていました。

ただ、彼自身にも遺族の方々の連絡先は分からず、仲介の方を通じてということだったので、実際に届いたかどうかの確認はできていないと思います」

——初版10万部ということですが、著者が受け取ることになる「印税」について、彼は何か遺族のために使う予定はあるのでしょうか。

「著者本人は、被害者への賠償金の支払いにも充てると話しています。これまで著者自身としては微々たる額しか、支払えていなかったということですので」

●「どうしても書かずにはいられなかった」

——彩花ちゃんのお母さんは「何のために手記を出版したのか本当の動機が知りたいです」とコメントを発表されました。彼は本当は、どういう気持ちで本を書いたのでしょうか。そして、それを発表しなければならなかった理由は、どこにあるのでしょうか?

「私はこの手記全体が、遺族の方々、いろいろな彼を支えてきた人、あるいは自分の家族への長い手紙というか、支えてくれた人にはお礼の手紙であり、遺族の方々にはお詫びの手紙として書かれたものだなという気がしました。

彼は2004年を最後に自分自身の家族にも会っていません。彼が出てきてから、いろいろな方に世話になった。手記の最後には、ご遺族への謝罪文も付けられています。

手記では、いま自分自身がどうしているのか、自分がいる場所を確かめたいということも書いています。手記を書いたのは、そういった気持ちに加えて、自分がここまで来られた感謝とお詫びの気持ちがあるという風に、私は読みました。

2年以上かけて、自分の過去と向き合って書いていったので、一つは表現欲もあったと思うんですけれど、本の形にして残したいという思いがあったのでしょう。二度と会えない人たちに届ける意味もあると思います」

——ご遺族に事前に説明がなかったのは、なぜですか?

「彼としては、許可を求めても、却下されるだろうということもあったのだと思います。土師さんの気持ちを裏切ることになるというのが分かっていても、出したかったということだと思うんですよ。

本を出すことによって、自分の家族も、遺族の方々も、彼自身も、再び注目を浴びます。それこそ彼自身にとっても、今どこにいるかを探されたりとか、いろんな危険性もあるし、人を傷つけるということも可能性としてはあるという話をしたのですが、やはり『どうしても出したい』ということで、こういう形になりました」

——最後に謝罪文がありますが、それを入れようということになった経緯はどういったものですか?

「最後に謝罪文を付けるという構成も、彼が書いてきたそのままです。私が(原稿を)読んときには、もうあの形で入っていました。こちらで『書いてください』とか、そういった要望は一切出していません」

この「謝罪文」は次のような言葉で結ばれている。

《本を書けば、皆様をさらに傷つけ苦しめることになってしまう。それをわかっていながら、どうしても、どうしても書かずにはいられませんでした。あまりにも身勝手すぎると思います。本当に申し訳ありません。

せめて、この本の中に、皆様の「なぜ」にお答えできている部分が、たとえほんの一行でもあってくれればと願ってやみません。

土師淳君、山下彩花さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

本当に申し訳ありませんでした。》

(弁護士ドットコムニュース)

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