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「裁判のための治療じゃダメ」窃盗症治療の専門家が語る「弁護士の腕の見せ所」
斉藤章佳氏

「裁判のための治療じゃダメ」窃盗症治療の専門家が語る「弁護士の腕の見せ所」

依存症の一種に「クレプトマニア(窃盗症)」というものがある。悪いことだと分かっているのに、盗みたいという衝動が抑えられず万引きを繰り返す病気だ。適切な治療しなければ、何度も罪を重ね、本人・家族・社会(被害店舗)いずれにとっても大きな損失になってしまう。

「万能の対策はないが、エビデンスに基づいた有効な治療モデルはある」。そう語るのは、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏。斉藤氏が所属する大森榎本クリニックは、2016年12月から日本で初めてクレプトマニアに対する専門のデイナイトケア(通院リハビリ)を開設しており、当事者や家族、弁護士からの相談も多いという。

どんな治療が行われているのか。3月15日、都内であった弁護士・家族向けセミナーを取材した(連続5回セミナーの初回/http://www.enomoto-clinic.jp/newsrelease/?p=505)。

●刑事手続きの初期段階に症状の適正把握を

クレプトマニアという言葉の認知度は少しずつ高まっている。一方で、「言葉が一人歩きしているところもある」(斉藤氏)との懸念も。たとえば、定義一つとっても「万引きを繰り返す人は、全てクレプトマニアだと思われている。過剰な病理化は怖いなと思う」。

実際、クレプトマニア以外にも認知症や高次脳機能障害、強迫性障害など、万引きを繰り返す要因はさまざまだ。正しい原因を特定できないと適切な治療はできない。では、どうやって見極めるのか。会場の弁護士からの質問に、斉藤氏は「他機関連携」が重要だと答える。

「一審はクレプトマニアで争っていたが、MRIや脳の血流量を調べたら、前頭側頭型認知症だと分かり、控訴審で逆転無罪になったケースがあった。窃盗の裁判はすぐ終わってしまう。裁判をひっぱりながら治療期間を確保し、本人の問題の核心に迫っていく必要がある。刑事弁護人の腕の見せ所だ」

クレプトマニアの場合も、社会内での治療の必要性等が認められれば、実刑にならないことがある。もちろん、だからといって責任がないことにはならない。「クレプトマニアになりたくてなった人はいないが、一方で被害者は存在する。お店にとってはまさに死活問題だし、加害者家族も悲しむ。(患者には)回復責任があると説明している」

●どういう状況で盗むのか「リスクマネジメント」と「対処法の確立」が重要

大森榎本クリニックでは、クレプトマニアの人に対し、リラプス・プリベンション(再発防止)モデルと呼ばれる治療法を採用している。(1)どういう状況で再発しやすいのか、何が引き金なのかを特定し、(2)回避・対処の仕方を学んでいくというものだ。

具体的には、ワークブックや患者同士の意見交換などを通して、患者自身に具体的な「やめ方」を学んでもらう。特定の気分のときに万引きしやすいということが分かれば、自分の感情を把握し、イライラしているときには店に近づかないといった対処が可能になる。

これに加え、メンタル面の安定を図るため規則正しい生活を促したり、自助グループ(KA)へとつなげたりしながら、万引きにつながってしまう本人の「悪循環のサイクル」を書き換えていく。

●珍しくない再発、根気強い支援が必要

ただし、治療の途中で再発することは珍しくない。もしここで実刑になってしまうと、治療が遠のいてしまう。あちこちに盗みの引き金がある社会の中で治療をしないと、何度も繰り返すはめになるからだ。ゆえに治療には地域の理解も不可欠になってくる。

「世間は騒ぐけど、再発を繰り返しながら回復するのが依存症。治療は、普段右手で使っていた箸を、その日から左手で使うようなもの。だから難しい」

依存症とは学習された行動である。だから、「学習し直すこともできる」と斉藤氏。ただし、それには根気がいる。

「治療を受ければ罪が軽くなると思って、連絡してくる当事者や弁護士もいる。裁判のための治療にならないよう、執行猶予のその先に本当の仕事があるという信念を持って、各所が連携を取って行くことが大切だろう」と斉藤氏は語る。

【講師プロフィール】斉藤 章佳(さいとう・あきよし)大森榎本クリニック精神保健福祉部長。アルコール依存症を中心に性犯罪、ギャンブル、薬物、摂食障害、虐待、DV、クレプトマニア(窃盗症)など様々な依存症問題に携っている。著書に『男が痴漢になる理由』(イーストプレス、2017年)など。

(弁護士ドットコムニュース)

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