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死刑囚や受刑者の「獄中読書事情」…「獄窓記」「弁護士いらず」が人気
死刑囚、受刑者に読まれる本とは

死刑囚や受刑者の「獄中読書事情」…「獄窓記」「弁護士いらず」が人気

〈15、16、17日の3連休にて『母性』(湊かなえ著)の本をチラッと目にして、表紙が大変気に入り、吸い込まれるようにして、一気に読みすごしました。亡母と私と4人の子どもと孫と……。私なりに「母性」とは? と思い、考えをめぐらしてすごしました〉

今年7月、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚の弁護団や支援者らが大阪市内で開いた支援集会。これは、会場で女性支援者が朗読した林死刑囚のメッセージの一節だ。

19年前に逮捕されて以来、一貫して無実を訴え、現在も裁判のやり直しを求めている林死刑囚。収容先の大阪拘置所の独房で1冊の小説を読み、自分の半生や離れて暮らす家族に思いをはせていたことが窺える。

私はこれまで全国各地の刑事施設(刑務所や少年刑務所、拘置所など)の被収容者たちに取材してきたが、林死刑囚に限らず、獄中生活を送る者たちの読書に関する印象深いエピソードは少なくない。刑事施設における読書事情と併せて紹介しよう。(ルポライター・片岡健)

●刑事施設によって読書環境に格差

刑事施設の被収容者たちが本を入手する方法は、大きく分けて3つある。(1)刑事施設に蔵書された官本を借りる、(2)自分で購入する、(3)外部の人に差し入れてもらう――だ。ただ、細かいルールなどは刑事施設によって異なり、被収容者の身分によっても異なる。

たとえば、外部の人間が1度に差し入れできる本の冊数については、「3冊」としている施設が多いが、中には「5冊」としている施設(例・山口刑務所)や「6冊」としている施設(例・札幌刑務所)もある。死刑囚の場合、親族や弁護人など面会や手紙のやりとりを許された一部の人間以外からは本の差し入れも受けられない。

一方、官本については、蔵書数、借りられる頻度や冊数などが刑事施設ごとに異なるようだ。たとえば、東京拘置所に収容中の前橋連続強盗殺人事件の土屋和也被告(1審で死刑判決を受け、現在は控訴中)はこんな話を聞かせてくれた。

「東京拘置所では週2回、官本を借りられる日があり、200冊くらいの官本の中から1度に2冊を借りられます。小説もあれば、漫画もあり、麻薬依存症の本なども用意されています。1審の頃に収容されていた前橋刑務所では、1度に3冊の官本が借りられましたが、東京拘置所より被収容者が少なかったためだと思います」

また、大阪拘置所に収容中の堺市連続強盗殺人事件の西口宗宏被告(1審で死刑判決、2審で控訴棄却の判決を受け、現在は上告中)はこう言う。

「大阪拘置所では、2週間に1度、3冊の官本が借りられます。借りる際は20~30冊の本の題名、作者名を教えてもらい、その中から選びます。中を見て選べないので、おもしろくない本を選んでしまうこともありますね。以前、別の事件で服役した滋賀刑務所では、図書室で沢山ある本の中から借りる本を選べて良かったですね」

2人の話を聞く限り、被収容者の読書環境は刑事施設によってずいぶん格差があるようだ。

●獄中生活の経験者が書いた本は人気あり?

では、刑事施設の被収容者たちには、どんな本がよく読まれているのか。私が取材した被収容者たちに好評だったのが『獄窓記』(山本譲司著)だ。

同書は、国会議員だった著者が政策秘書の給与を流用したという詐欺の罪で服役生活を送った経験を綴った作品。著者同様に詐欺の罪(保険金詐欺)により滋賀刑務所で服役した経験を有する林死刑囚の夫・健治さんも獄中で同書を読んだ1人だが、その時のことをこう振り返る。

「あの本は新聞の広告欄で見つけて購入したのですが、一気に読みました。刑務所の中のことが色々書かれていて、自分と重ねて読めるからおもしろいのです」

一方、山形刑務所の某男性受刑者も『獄窓記』に感銘を受けた1人だが、「この本を知ったのは判決が確定した際、拘置所の刑務官の方から『服役に行く前に読んでおいたほうがいい本』として勧められたからでした」とのこと。同書は刑事施設の職員たちの評価も高いようだ。

他では、妻を殺害した罪に問われながら無罪確定した「ロス疑惑」の故・三浦和義さんの著書『弁護士いらず』も私が取材した被収容者たちによく読まれていた。同書は、獄中にいながらマスコミ相手の名誉毀損訴訟を独力で次々に起こし、連戦連勝だった著者が独力での訴訟のやり方を体験的に綴った一冊。同書や『獄窓記』のような獄中生活を送った著者がその経験に基づいて書いた本は、被収容者たちにとって共感できるのかもしれない。

一方、個性的な読書をしていたことで印象深い被収容者が2人いる。元厚生事務次官宅連続襲撃事件の小泉毅死刑囚と淡路島5人殺害事件の平野達彦被告(1審で死刑判決を受け、現在は控訴中)だ。

小泉死刑囚は2008年に事件を起こした際、「子供の頃、愛犬が狂犬病予防法による殺処分に遭ったので、狂犬病予防法を所管する旧厚生省のトップを殺害した」と語った。私が収容先の東京拘置所で面会していた頃は裁判中だったが、獄中で『動物の命は人間より軽いのか』(マーク・ベコフ著)や『犬の愛に嘘はない』(ジェフリー・M・マッソン著)など海外の動物愛護本を愛読していた。世間では、小泉死刑囚について「本当に動機は犬の仇討ちだったのか?」と疑う声もあったが、小泉死刑囚が動物愛に満ちた人物なのは確かだ。

一方、精神病院に入通院歴がある平野被告。2015年に事件を起こす前からSNSで「日本政府の陰謀」を告発したり、近所で暮らしていた被害者たちの写真をネット上で公開し、「工作員」と呼んで中傷するなどの異常行動を繰り返していたが、今年2~3月に神戸地裁であった1審の公判でも奇異な行動を見せていた。毎回、多数の本を持参し、被告人席の机の上に積み上げていたのだ。

その主な書名を挙げると、『精神医療ダークサイド』(佐藤光展著)、『電子洗脳 あなたの脳も攻撃されている』(ニック・ベギーチ著)、『集団ストーカー認知・撲滅』(安倍幾多郎著)、『騙されてたまるか 調査報道の裏側』(清水潔著)などで、やはり平野被告は精神医療や国家権力を批判した本が好きらしかった。ただ、これらの本を被告人席の机の上に積み上げていた目的は不明だ。

●読み終わった本で社会貢献も

ところで、刑事施設の被収容者たちを取材していると、こんな頼みごとをされることがある。

「本を宅下げするので、古本屋に売るなり、誰かにあげるなりしてもらえないでしょうか」

刑事施設の被収容者は手元に置ける私物の量が制限されているため、読み終わった私物の本を手放さざるを得なくなるときがあるのだが、本を捨てるのは抵抗があるものだ。そこで私に処分を依頼してくるわけだ。

そんな中、「当所では、読み終わった本は古本屋に買い取ってもらえます」と教えてくれたのは長野刑務所の某男性受刑者だ。同所に確認したところ、「受刑者が自発的に自己の書籍を用いて、社会貢献を行う機会を付与する」という趣旨で、受刑者は不用になった本を業者に買い取ってもらい、得たお金をNPO法人などで社会的意義のある活動に使ってもらえるようにしているという。

本が売れない時代、古本業者に対しては「新刊の売上を圧迫する」などと好ましく思わない人たちもいる。しかし、この長野刑務所の取り組みには、おそらく賛同できる人が多いはずだ。

【ライタープロフィール】

片岡健:1971年生まれ。全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)。広島市在住。

(弁護士ドットコムニュース)

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