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「地元に人が残りつつ、お金も回るようにしなければ」熊本県弁護士会の被災者支援活動
板井俊介弁護士

「地元に人が残りつつ、お金も回るようにしなければ」熊本県弁護士会の被災者支援活動

熊本県に大きな被害をもたらした4月の熊本地震。100年以上も大規模地震から遠ざかり、震災対応のノウハウも存在しない中、現地の弁護士たちはどんな行動をとったのだろうか。被災者の電話相談など、多数の被災者サポートを行なった熊本県弁護士会副会長の板井俊介氏に話を聞いた。

●「電話相談は絶対にやらないといけない」

ーー4月25日から開始した熊本県弁護士会の電話相談への反響は?

実は、当初、電話なんて来るんだろうかと半信半疑でした。ところが初日から70件以上。さらには「つながらない」という苦情も弁護士会に届きましたから、少なく見積もっても100件以上のお電話をいただいたようです。その後、28日から5回線になり、5月10日までで1529件のご相談をいただきました。電話相談は絶対にやらないといけないなと実感しています。

ーーどういう相談が多いのか?

多いのは3つですね。

(1)お隣同士の住居などに関する賠償請求の相談

(2)賃貸借に関する相談

(3)罹災証明書に関する相談

これらは今後、どの地域で地震が起こっても寄せられる相談でしょう。

ーー具体的にはどんな相談があるのか?

例えば、お隣の瓦やブロックがこっちに倒れた、または、落ちた。その結果、家や車が壊れた場合に賠償請求できるかという事案です。

今回の地震では、わずか2日間に震度7の地震が2回起きている。色々調べてみると震度5で壊れたのなら賠償の可能性もあるが、震度6以上ではこれは難しいのではないかという記載があるんですね。ひとつの考え方として。

つまり、建築基準法で震度5まで確実に耐えられる建築物を作るんだと昭和56年の新耐震基準が決められているのですが、その基準に適合しているのなら、震度6で壊れたものはしょうがないのではないか。まして今回は震度7が2回起きている。これに耐えられるものを作れとは法律上要求されているとまではいえないのではないか。そうすると、瑕疵なしになります。大変お気の毒ですがそういうご案内をしています。

そうすると、相手に賠償請求できないわけですから、じゃあ自分が入っている保険ではどうか。通常それは地震のときにはダメという免責条項が入っています。結局ダメなんですか? という話になることが多いですね。

●賃貸借や罹災証明書についての相談とは?

ーー賃貸借に関する相談は?

例えば、賃貸マンションに大きなヒビが壁に入っている、中もめちゃくちゃなので実際には住めないけれども、店子は家賃を払わなければならないのかという相談ですね。これは結論から言うと、法的な意味で「滅失」した場合にはそもそも貸せないわけですから、対価としての賃料支払義務もない。

そうなると、次は「滅失」したかどうかが論点となります。ところが、これは非常に難しい論点で、全壊しているなら判断もしやすいのですが、そこまではいかず、柱が歪んでいる、壁に大きなひびが入っている、例えば周りの建物は壊れていないのにそこだけ壊れているとかですね、そういう状況になったときに「滅失」の判断が極めて難しい。はっきりアドバイスしづらいんですよね。

ですので、相談の時点では最終的に裁判を起こすのなら、写真などの証拠を取っておいて下さいと、結局、大家と借り主がお互い言い分があるでしょうから、証拠が多ければ多いほど有利になるでしょうというアドバイスになりますね。

ーー罹災証明書に関する相談は?

これは「罹災証明が何の役に立つんですか? 取らないといけないんですか?」という質問です。行政から義援金、支援金など給付を受ける場合には必要ですし、保険会社などと交渉するときにも罹災証明があったほうがいい。とにかく取ったほうがいいという話になりますが、実際には、認定に納得がいかないという相談が多くなると思います。

●「今後は必ず負債・借金の問題が出てくる」

ーー今後の活動予定はどうなっているのか?

今後は各自治体の要請に応じて出張相談をやっていきます。その中で、必ず負債・借金の問題が出てきますので、「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」を駆使して、被災者の方が一日でも早く震災前の生活に近づく手助けをすることが重要な役割だと思っています。

震災者の方々は行政などから義援金、支援金を得られますが、それをすべて住宅ローン支払などに充ててしまうと、結局、どこかで行き詰まります。普通だったら住宅ローンなどを払えなくなったら破産手続となりますが、破産してしまうと、義援金などもローン支払いに消え、次の借入などもできずに、土地を離れてしまうことになる。そうすると、結局人がいなくなって熊本は衰退してしまいます。

ですから、いわゆる破産ではなく、できるだけ手元にお金を残して、熊本で復興をしなければならない。なんとか地元に人が残りつつ、お金も回るようにしなければならない。そのために、破産のデメリットを回避しつつ、復興のために債権はカットしてもらう制度が「自然災害に基づく被災者の債務整理に関するガイドライン」です。

この前身は、東日本大震災の後にできた「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」なんですが、全体で約1500件程度適用されたそうです。

しかし、現時点の情報では、熊本では9万軒ほど全半壊しているという話がある。その人たちが全部来るとは思いませんが、仮に5%でも約5,000軒ですよね。これに対する対応が必要なのですが、私はかなり危機感を持っています。

ーーどのような危機感なのか?

この対応を熊本県弁護士会の弁護士だけで担当した場合、支援専門家の名簿を作成しているのですが、現在70人くらいしかいないんです。絶対的に数が足りない。さらに、これも無視できない問題ですが、弁護士報酬は決して高くない。

今回のガイドラインは、「支援専門家」としての弁護士が、通常の破産の申立人と同様の仕事をするのに加え、破産事件における裁判所、管財人の役割もしなくてはならない。しかも、相手の金融機関への説明や説得もしなければならない。申立人、裁判所、管財人、この全部の役割をしたうえで、おそらく1件で10万円ももらえないのではないかと危惧しています。この問題は他の地域でも必ず問題になると思われます。

現実的には、非常に深刻な問題だと思っています。東日本大震災の時にも、献身的に対応された先生方はいらっしゃったと思うのですが、やはりお金の問題は倫理上言いにくいことだった思います。


このガイドラインを適用する際、どうやって弁護士側の負担を軽減するか、真剣に考えないといけないと感じています。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

板井 俊介
板井 俊介(いたい しゅんすけ)弁護士 熊本中央法律事務所
熊本県弁護士会副会長。今回の熊本地震で熊本県弁護士会災害対策本部長代行として活動。広報担当責任者としても各種媒体の窓口として対応している。

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