アメリカの大手IT企業で、大規模な解雇があいついでいる。
2022年11月には、フェイスブックで知られるMeta社が1万1000人の解雇を発表した。その後の報道でも、新たに1万人を解雇すると報道されている。また2023年1月には、ツイッター社が全従業員の半数にあたる3700人の解雇を発表し、日本でも大きな話題になった。
さらにグーグル社までも世界で約1万2000人の解雇を発表。日本法人の従業員にも退職パッケージと呼ばれるメールが届いていたと報じられた。
こうした状況のもと、日本でも解雇規制を緩和すべきだという意見も上がっている。日本の解雇規制はどうするべきなのか。
経営者側の労働法を専門とする倉重公太朗弁護士と労働者・労働組合側で活動する嶋﨑量弁護士が3月27日、弁護士ドットコムニュースのYouTubeLiveに出演し、激論を交わした。
●日本の解雇規制とは?
そもそも、日本の解雇規制とはどのような仕組みになっているのか。2008年に施行された労働契約法に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(16条)と明記されている。
嶋﨑弁護士は「正社員の解雇規制は厳しいという評価をされているが、実態は非正規については『ゆるゆる』で、期間が満了したらクビ。派遣も簡単に解雇されてしまう。今日(の議論)は正社員前提の話になるかもしれないが、非正規も関わってくる」と説明する。
一方、倉重弁護士は「そもそも非正規問題が生まれるのは、正社員の解雇規制がガチガチすぎるから」と指摘したうえで、「(そのために)非正規が生まれてしまっている。むしろ不公平・格差を生んでいるという点は同感だ」と話す。
●特に厳しいのは「整理解雇」
会社の経営上の理由で、従業員を解雇する「整理解雇」は、特に厳しい基準があるとされる。整理解雇の4要素(人員削減の必要性があること、解雇回避努力を尽くしたこと、人選の合理性があること、手続きの妥当性があること)を満たす必要があるからだ。
嶋﨑弁護士は「本当にリストラする必要性があるのか。余剰資金があるんじゃないのか。 代替手段はないのか。回避する措置はないのかなど、法廷でシビアに労使でやり合うところ」と説明する。
日本の解雇規制は「解雇権濫用法理」の判例の積み重ねによって形成されてきたものだ。
倉重弁護士は、判例が作られた時代背景について「昭和の高度経済成長期で、年功序列・終身雇用が当たり前だった」とし、「当時は転職もあまりなく、企業から途中で放り出されることは相当やばいことだった。だからこそ厳しい考え方になっていた。それがこの令和の時代においても同じなのか」と述べた。
さらに、「欧米はジョブ型雇用(仕事に人を当てはめる)で、ジョブがなくなったら解雇は当たり前。一方、日本はメンバーシップ型雇用(人に仕事を当てはめる)と言われるように、(職務内容を限定せずに)会社に入る。仕事がなくなったからという解雇理由は会社が悪く、労働者側にはなんの責任もない。現代社会でこうした考え方で、40年間仕事を保障し続けられるのか」と疑問を呈した。
●日本の解雇規制は海外と比べて厳しいのか?
日本の解雇規制は、諸外国と比較して厳しいのだろうか。嶋﨑弁護士は、OECD(経済協力開発機構)の雇用に関する制度的枠組みを国際的に比較するための指標「雇用保護指標(EPL)」で、日本は「34カ国中規制の緩いほうから10番目」に位置付けられると説明する。
「コロナ禍で労働者は訴えなかったけれども、厚労省統計で、新型コロナウイルス感染症の影響による解雇・雇い止め(見込みを含む)の人数は約14万5千人。日本の社会は雇用が安定しているのか。正社員について裁判所では解雇規制がある程度機能しているかもしれないけど、日本の労働者は保護されていないのが現実」
一方、倉重弁護士は「EPLの評価項目は手続きをみている。(日本は)手続きは緩いけど、実態は厳しい。この実態の厳しさが評価項目では5項目中の1つなので、全体の順位としては下のほうにある」と異なる評価を下した。
●金銭解雇を導入すべき?
では、会社側が労働者にお金を支払って雇用契約を解消する「金銭解雇」を日本でも導入すべきなのか。倉重弁護士は「(原則として解雇が自由である)アメリカ型はハードすぎるのでヨーロッパ型を目指すべき」と提言する。
「ドイツやフランス、イタリアなどでは、多かれ少なかれ金銭で解決している。争いを金銭で解決したほうが合理的という考え方で、紛争解決手段の話だ。(日本では)今までは『解雇されるのは人格否定だ』という主観的な争いだったが、今この会社に合わないというだけなので、どのように補償して次のところで働いてもらうかが大事なのではないか」(倉重弁護士)
日本でも厚生労働省の検討会等で、解雇の金銭解決制度が議論されている。裁判や労働審判で解雇が無効と判断された場合に、事後的に労働者が申し立てることで、金銭補償で雇用契約を解消するというものだ。
嶋﨑弁護士はこの制度導入に反対の立場を示したうえで、「この5、6年議論されているのは、あくまで金銭解決制度を使えるのは労働者側だけで労働者側のメリットとして導入を検討するものだが、いま日本の労働者の解雇に関する裁判はほぼ金銭で解決している。この制度がないために労働者側が困ったことはない」と話す。
また、今回レイオフが話題になったGoogleの社員については「一般的な日本の労働者ではなく、ごく一部のトップ中のトップ」でそういったケースを前提に制度設計を議論するべきではないと指摘。「解雇された労働者が自分の仕事に誇りを持っていたら、自分自身を否定されたと思うことは変わらないと思う。一大事ですし心理的な圧がかかるものということを前提に受け止めないといけない」と述べた。
2021年度に労働局に寄せられた解雇と雇い止めに関する労働相談は約4万7千件・それに対し、あっせんの申請件数は3760件、労働審判の新規受理件数は3609件、労働関係の訴訟の新規受理件数は3645件にとどまる。
この数字を用いたうえで、倉重弁護士は「裁判になっているものは解決しているとしても、弁護士を使って裁判を起こすということ自体がハードルが高すぎる。あっせんではひどい解雇であっても少額で解決してしまっている。それなら裁判を使わない形の金銭解決を入れたほうが、ある意味労働者保護であり、お金はすぐもらえる」と提案した。
●解雇規制の緩和で何が起こる?
また、倉重弁護士は解雇規制を緩和するのは目的ではなく手段だとも指摘する。「何が目的かというと、雇用の流動性を出すこと。解雇の話だけではなくて、採用をいかに増やすか。マッチングをどう繋いでいくかの3つを議論しなければいけない」。
倉重弁護士はタイの労働省に視察に行った際に「日本人はハラスメントや長時間労働があっても会社をやめないのか」と問われたという。
「タイの工場でハラスメントをやったら、明日にでも転職されるから、ハラスメントなどの不当な行為がないようにしている。雇用が流動化していけば、我慢してハラスメントがある会社に居続ける必要がない。それが当たり前になれば、ブラック企業は存続しない」(倉重弁護士)
嶋﨑弁護士も「労働市場の中でマッチングが適切にされるようにするのは反対ではない」と話す。
「日本の労働法で労働者がやめたいと言ったときに、法律的には、やめる自由はある。労働法が転職活動を妨害しているわけではない。もし実際に魅力的な会社があるのに、ひどい会社に労働者の多くが固執しているなら、それこそ企業の宣伝不足なのではないか」(嶋﨑弁護士)
●「日本企業はハンデを背負った状態で世界と戦っている」
議論は冒頭で触れられた非正規雇用の話にも及んだ。倉重弁護士は前提として、非正規雇用の中でも増えているのは高年齢者の雇用であり、不本意な形で非正規雇用についた人の数は年々減り10%程度だと指摘する。
これに対して、嶋﨑弁護士は非正規雇用労働者の推移表で出ていない要素として「女性が多いこと」を挙げる。
「男性の正社員・長時間労働の裏返しで、配偶者の扶養の枠がなく、育児や介護の負担を家庭でになえる社会であれば、女性も正社員として活躍できる」。さらに、非正規の雇用が簡単には切れないように規制を強化し、有期雇用を使える場面を制限すべきと提言した。
倉重弁護士は、裁判所も非正規社員を雇用の「調整弁」として捉えていることを問題視。「整理解雇の4要素の中で、解雇回避努力義務がある。正社員を解雇する前に、非正規を先に切ったかを見ることになっている。判例自体が差別しているんじゃないか。これは変えないといけない。その事業にとって何が必要かで考えるべき」と指摘した。
続けて、嶋﨑弁護士は「非正規雇用の保障が法的にも弱いから、裁判所は弱いほうを切れと言う。非正規自体の雇用に対し法的規制が強まれば、解雇回避の選択肢として、先に非正規雇用を切ったかということは見られなくなると思う。具体的には、有期契約を利用できるケースを限定する入り口規制導入が必要」と規制強化を提案した。
これに対して、倉重弁護士は「何でもかんでも厳しくしたときに、日本社会は生き残れるのかが最後の課題。高度人材を高い年収で雇っているのは切ることができるから。日本はそういうことができないから遅れていく」と話し、日本では景気が回復しても給料は上がっていないと指摘する。
「賞与は業績で増減できるが、月給は一度あげたら下げにくく、解雇もできない。特にこの不確実な時代で、新しい分野にチャレンジするかわからない。一度雇ったら解雇できないから賃金減らせないから、どれだけの企業がチャレンジできるのか。日本企業はハンデを背負った状態で世界と戦っている」(倉重弁護士)
嶋﨑弁護士は「基本的には給料をあげてこなかったのは、使用者が思い切ってあげてこなかったためだ。労働者ももっと戦ってくるべきだった」と話した。