児童虐待への社会的関心が高まる中、児童相談所への相談対応件数も増加の一途を辿っており、人員が慢性的に不足している現場の負担も高まっている。
職員は「昼休みは子どもとごはんを食べているから、(職員の)休憩時間はない。16時以降記録を書く時間は座っているのだから、それが休みの代わり」などと言われ、実際トイレに行っている暇さえほとんどない。我慢できず行くと「今トイレに行っているときじゃないでしょ」とベテラン職員から注意を受ける。
元児童相談所職員である私は2022年7月、千葉県に対して、未払い賃金等約1200万円などを求めて提訴した。
提訴後、複数のメディアで取り上げられたが、改めてなぜ提訴に至ったのか、その目的などについて自分の言葉で伝えるべく、今回この記事を書くことにした。(ライター・飯島章太)
●提訴の目的「子どもたちのよりよいケアにつなげたい」
裁判の性質上、金銭の請求が目的となっているが、実際の提訴の目的は、千葉県そして国全体の児童相談所や一時保護所行政の政策形成を促すためである。
現場職員の労働環境の改善を行うことによって、子どもたちのよりよいケアにつなげることが今回の裁判の目的である。
●数々の異様なルール「茶髪は黒染め」「トイレ使用は許可制」
私が提訴を決めた1番の理由は、一時保護所の子どもたちのケアの現状をどうにかしたいと思ったためであった。
私は2019年4月に新卒で千葉県庁に入庁し、市川児童相談所に配属された。入庁して一番驚いたのは、児童相談所に付設する一時保護所における子どもたちに課されるルールの多さだ。
たとえば、子どもたちが「サラダにマヨネーズとドレッシング両方かけたい」と言うと、ベテランの職員から「何やってるんだ。どっちか一つだろ!」と怒鳴られることがあった。
また豚の脂身が苦手で残していた子が、完食するまで泣きながら1時間ほど居残りさせられ、食べられなかったことを厨房の人に謝らされていたこともあった。
一時保護所ではこうした生活に関する数々のルール・指導が存在する。他にも次のようなルールがあった。
・自分の名字や学校の名前は他の子に伝えてはいけない
・自分がなぜ一時保護されたのか、この先どうなるのか他の子に相談してはいけない
・茶髪は黒染めしなければならない
・ティッシュを使う、もしくはトイレにいくときには「先生トイレいきます」「ティッシュください」と手をあげさせて許可を取らせる
もちろん、ルールができた理由はあり、それを子どもたちに伝えるのが職員の役割だが、一般の人から見たらかなり異様なルールが多く存在していた。子どもたちの中には、「ここは刑務所みたいだ」と伝えてくれる子もいた。
かなり理不尽に思えるルールでも、守らなければ職員から厳しい注意や指導が入る。中でも子どもたちが怖がっていたのは、「個別指導」の存在であった。
トラブルを起こしたり、無断で施設から出たり、ルールを何度も破っていた子は、集団生活から隔離され、個室から実質的に出れないようにされていた。
個室から出ている子の姿を職員がみると、「部屋に戻って」と指導していたため、実質的に個室でほとんどの時間を過ごさないといけないのが「個別指導」だった。泣いて嫌がる子もいれば、諦めたように暗い顔をして過ごす子もいた。
●夜中は無給の休憩・仮眠時間も「居室前の廊下で布団をしいて待機」
多くの方は、一時保護所のルールや指導の仕方について、疑問に思い、憤りを覚えると思う。
しかし、なぜ一時保護所では厳しい管理やルールが広がるのだろう。その理由を、私は次第に身を持ってわかるようになった。
私が勤務していた市川児童相談所の一時保護所の定員は「20名」だった。しかし、実際には「40名」の子どもたちが入所しており、最大では「60名」の子どもたちがいた。そのため、寝室ではなく体育館やリビングで寝ざるをえない子もいた。
そして、職員は定員に応じて配置されているため、職員数が2倍3倍足りない状況だった。
少ない職員数で多くの子どもたちの安全を保たなければいけないため、ルールで子どもたちを管理して、強い注意をすることで、無理やり心の落ち着かない子どもたちを指導せざるをえない現状があった。
一時保護所職員の研修がまったくなかったことも問題だった。
行政職員向けのマナー研修は存在していたが、一時保護所職員に必要な知識・実践・書類の書き方などの研修は一切受けられなかった。職員は、子どもが何倍もいる状況の中で、厳しい指導をすることですぐに場をしずめるような即効性のある管理をする傾向にあった。
さらに、職員自身も自らの感情のコントロールが難しい劣悪な労働環境があった。
「休憩時間は、昼休みは子どもとごはんを食べているから無い。16時以降記録を書く時間が座っているから、それが休みの代わり」と私が入庁初日に言われたことはその後の過酷さを暗示していた。
トイレに行っている暇さえなく、トイレにいけば「今トイレに行っているときじゃないでしょ」とベテラン職員から注意を受けた。
夜間勤務もあり、午後12時から出勤し翌朝10時ごろまでの22時間勤務であったため、過酷な勤務だった。
中でも、午前1時から6時間は休憩・仮眠時間とされ無給だったが、実際には仮眠室は存在せず、職員は子どもたちが寝る居室の前の廊下で布団をしいて待機し、緊急の一時保護があったときには対応し、何かトラブルがあったときにはすぐさま対応しないといけなかった。
こうした十分休みを確保できない環境が、職員を追い込んでいたのが現実だった。
●「働く職員の環境についても関心を寄せてほしい」
もちろん、労働環境が悪いからといって、職員が子どもたちを傷つけていいわけではない。
しかし、職員の劣悪な環境が改善されることによって、職員の余裕のなさから生まれる子どもたちの傷つき体験は少しでも減らせるのではないかと確信している。
裁判は10月12日に始まったばかりで、少なくとも1年以上はかかる見込みだ。一時保護所の子どもたちのケアの状況、働く職員の環境についても関心を寄せていただきながら、裁判の様子を見守っていただければ幸いだ。
【筆者プロフィール】飯島 章太(いいじま しょうた):千葉県出身。中央大学法学部、中央大学大学院社会学専攻を卒業後、千葉県庁の児童相談所に就職し2021年11月に退職。現在は地域や児童福祉のライター・取材活動をしながら、「支援者の支援」の活動を続けている。