日本初のセクハラ裁判はこうして始まった──映画『ファーストボイス』が着想を得た実話

「セクシャル・ハラスメント」。この言葉が1989年の新語・流行語大賞(新語部門・金賞)に選ばれたことを、いま覚えている人は多くないだろう。37年前まで、それは説明を必要とする新しい言葉だった。言葉が広まるきっかけの一つが、同じ年に福岡地裁で始まった裁判である。職場での性的な嫌がらせの違法性を正面から問う、日本で初めての民事訴訟だった。原告は「A子」とだけ名乗った、一人の女性である。

目次

  1. 女性が「職場の華」と呼ばれた時代
  2. 上司と会社の責任を認めた、1992年の画期的な判決
  3. この裁判に着想を得た映画『ファーストボイス』が10月2日公開

女性が「職場の華」と呼ばれた時代

男女雇用機会均等法が施行されたのは1986年4月。とはいえ、職場の風景がすぐに変わったわけではない。女性社員は男性より30分早く出社してお茶の準備をし、「職場の華」として扱われるーー。そんな性別による役割分担が続いていた。 原告の女性が福岡市の出版社に入社したのは、その頃のことだ。従業員3人の小さな編集プロダクションで、大学生向けの情報誌をつくっていた。しかし、仕事で信頼を得るようになると、状況が変わる。上司である男性編集長から、「夜遊びがお盛ん」「不潔な女」といった性的な中傷を、社内外に広められるようになったのだ。そして1988年5月、突然「明日から会社に来なくていい」と告げられた。事実上の解雇だった。 女性は泣き寝入りしなかった。労働基準監督署に相談し、「編集長を名誉毀損で訴えられないか」と民事調停も申し立てた。だが調停の場で調停委員から返ってきたのは、「浮いた噂も若くてきれいなうちが華」という言葉だった。 被害を訴えるほど、別の言葉で傷つけられる。いまでいう二次被害である。当時は、その状況を指す言葉も、救済する仕組みもなかった。 途方に暮れていた1989年1月、福岡市で「女性の女性による女性のための法律事務所」が開設されたことを知る。裁判を起こしたいーー。その申し出を、女性弁護士たちは引き受けた。同年8月、編集長と会社に対して損害賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こす。前例のない事件に、女性は「原告A子」として立ち上がった。

上司と会社の責任を認めた、1992年の画期的な判決

1992年4月16日、福岡地裁は原告の訴えを認める判決を言い渡した。 判決は、噂を流した編集長の行為を違法だと認めた上、会社についても、上司が職務に関連して行った行為だとして使用者責任を認めた。さらに、専務らが職場環境を調整するよう配慮する義務を怠ったとして不法行為責任を認め、連帯して慰謝料150万円を支払うよう命じた。被告側は控訴せず、判決は一審で確定した。 判決後、国はセクハラ防止のガイドライン作りに着手する。1997年には男女雇用機会均等法が改正され、事業主にセクハラ防止の配慮義務が定められた(1999年4月施行)。2007年施行の改正では配慮義務が措置義務に強化され、男女双方が対象となっている。 声を上げにくいのは、いまも変わらない。「こんなことで弁護士に相談していいのか」「大げさだと思われないか」。そうためらう気持ちは、37年前も今も同じだろう。 だがこの裁判も、一人の女性が、自分が職場で体験したことを弁護士に話してみたところから始まった。行き場のなかった訴えは、そこで初めて法廷で正面から問えるようになった。そしてこの判決は、その後に続く判例や法改正の出発点の一つとなり、いま職場で働く人たちを守るルールになっている。 うまく説明できないけれど納得がいかない。その段階で話してみることから、道が開けることがある。

この裁判に着想を得た映画『ファーストボイス』が10月2日公開

この裁判に挑んだ女性たちの実話に着想を得た映画『ファーストボイス』が、2026年10月2日(金)から全国で公開される。日本で初めて「ハラスメント」が裁判になった時代を舞台にした、リーガルエンターテインメントだ。 主演の綾瀬はるかが演じるのは、弁護士・朝日道子。寝ぐせ頭で法廷に駆け込み、困った人を放っておけず報酬にならない依頼ばかりを引き受けているお人好し。そんな彼女のもとに、職場で理不尽な嫌がらせを受け、大好きな仕事までも奪われたとして、会社と上司を相手に提訴したいという女性・恵(ファーストサマーウイカ)が訪れる。 しかしそれは、誰も戦ったことのない前例なき「ハラスメント」を巡る裁判だった。新人弁護士の栞(松本穂香)は「勝ち目がない」と反対するが、朝日は「この裁判は必ず未来に繋がる」と立ち上がる。彼女たちの前に立ちはだかるのは、"常識"という巨大な壁。それでも踏み出した勇気ある一歩と最初の一声="ファーストボイス"が、日本社会を揺り動かしていく。 最大の見どころは、クライマックスの最後の口頭弁論シーン。共演のファーストサマーウイカや松本穂香も撮影現場で大号泣したという、綾瀬の圧倒的な演技と心を揺さぶる台詞の数々に、胸を掴まれること間違いなしだ。 声を上げるのが難しいのは、いまも変わらない。だからこそ、最初の一声を上げた人たちの物語を劇場で見届けてほしい。 ▶ 映画『ファーストボイス』公式サイトはこちら 映画『ファーストボイス』バナー 年表

年月 出来事
1985年12月 原告の女性が福岡市の出版社にアルバイトとして入社。翌1986年1月に正社員となり、雑誌の取材・執筆・編集を担当する
1986年4月 男女雇用機会均等法が施行
1986年6月ごろ 上司の編集長が、性的な中傷を社内外に流すようになる
1988年5月 「明日から会社に来なくていい」と告げられ退職
1988〜89年 労働基準監督署に相談し、民事調停も申し立てるが、調停の場で「浮いた噂も若くてきれいなうちが華」と言われる
1989年1月 福岡市に「女性の女性による女性のための法律事務所」(女性協同法律事務所)が開設
1989年8月 「原告A子」として福岡地裁に提訴
1989年12月 「セクシュアル・ハラスメント」が新語・流行語大賞の新語部門・金賞を受賞
1992年4月16日 福岡地裁判決。編集長の不法行為と、会社の使用者責任を認め、連帯して慰謝料150万円の支払いを命じる
1997年 男女雇用機会均等法が改正され、セクシュアルハラスメント防止のための事業主の配慮義務規定が盛り込まれる(1999年4月施行)
2001年8月 原告が裁判の手記『さらば、原告A子』(海鳥社)を刊行
2007年4月 改正均等法施行。配慮義務が措置義務となり、男女双方が対象に
2026年10月2日 映画『ファーストボイス』公開

本記事は映画『ファーストボイス』(2026年10月2日公開)とのタイアップ記事です。 2018年に弁護士ドットコムニュースで配信した記事をもとに再構成しました。

この記事は、公開日時点(2026年09月09日)の情報や法律に基づいています。

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