名誉毀損罪の公然性と伝播可能性の判例

 大判昭和12年11月19日刑集16巻1513頁の名誉毀損罪に関する判例を読んで疑問をいだきました。
 
 概要
 当該判例の概要は下記のようなものであると思います。
「通常、特定多数(公然性あり)と判断される8名の者に対し、被告人が被害者の名誉を毀損しうる事実を摘示した。しかし、
・被告人は当初、言うのを拒んでいた。
・周りの人間が言うように迫り、被告人は仕方なく述べた。
以上の二点から判断して、話を聞き出した8名には聞いた話を外に漏らさない義務が当然に備わる。よって名誉毀損罪は成立しない。」
 
 疑問
 「ここだけの秘密にする」等といって話を聞きだしたからには、聞いた者には確かに外に内容を漏らさない義務が発生するとは思いますが、仮に外に漏らさなかったとしてもそれにより否定されるのは適示事実の今後の伝播可能性だけであり、8名という通常は特定多数の者と判断される人数の人に話した(公然と事実を適示し、人の名誉を毀損した。)という事実にはかわりはないと思うのですが、それでも名誉毀損罪は成立しないのでしょうか?
2013年09月14日 17時09分

みんなの回答

三輪 和彦 弁護士
ありがとう
 この判例は、

「公然と」とは「不特定又は多数に対して」という意味である。

 特定多数に対する場合を「公然と」に含めた趣旨は、不特定の者に名誉毀損の発言が拡散し、被害者の名誉が害される危険があるから。

 とすれば、特定多数に対する名誉毀損発言を行った場合でも、発言を聴いた者たちが、その秘密を絶対に漏らさないことが確実である場合には、その者の社会的評価(個人的評価でないことに注意)が下がる危険がないため「公然と」とは言えない。

(以下、あてはめ)

 と言っているように思います。

 結局、名誉毀損罪は「不特定多数に事実が公開され、人の社会的評価が下がるのを防止するための犯罪類型なので、多数人(本件で8名であるから直ちに多数人に含めていいのかは疑問なしとしませんが)対して言ったとしても、直ちに公然と名誉を毀損したとは言えないということはあるように思います。

2013年09月15日 23時32分

相談者
 つまりどれだけ多くの人間(十数人~数十人等)に事実を摘示したとしても、それが不特定の人間では無い場合、或いは不特定の人間への伝播可能性が無い場合は名誉毀損罪は成立しないということなのでしょうか?
 最判昭和36年10月13日刑集15巻9号1586頁の判例も労働組合の執行委員会に参加した者全員に対し、しっかりと口止めを行っていれば名誉毀損罪は成立しなかったということになるのでしょうか?

2013年09月16日 04時01分

三輪 和彦 弁護士
ありがとう
>つまりどれだけ多くの人間(十数人~数十人等)に事実を摘示したとしても、それが不特定の人間では無い場合、或いは不特定の人間への伝播可能性が無い場合は名誉毀損罪は成立しないということなのでしょうか?

 不特定者に対する伝播可能性がなければ、名誉毀損罪は成立しない方向に傾くというのはその通りかと思います。

 ただ、「特定多数の場合、その特定の人間全員が守秘義務を負っていれば、どれだけ多くなっても名誉毀損が成立しない」とは言えないように思います。
 というのも、私法上の守秘義務(守秘義務が発生するが、守秘義務違反が刑事罰に問われない)を負うとしても、100人にも教えてしまえば、1人くらいその守秘義務に反してばらす可能性が出てきてしまい、社会的評価が減少する危険性が生じるからです。

 守秘義務の誓約が名誉毀損の有無の決め手になるとは言えません。
 結局のところ、伝播可能性の有無を様々事情から考えていくしかないように思います(例えば、8人だったからと言っても、公道上で大声で言えば、その8人が守秘義務違反を負っていたとしても名誉毀損が成立することはあるのではないでしょうか?)

 さて、

>最判昭和36年10月13日刑集15巻9号1586頁の判例も労働組合の執行委員会に参加した者全員に対し、しっかりと口止めを行っていれば名誉毀損罪は成立しなかったということになるのでしょうか?

 口止めといってもいろいろな方法がありまし、実際のところどうなるかは分からないところがありますが、
  本件においてどのような口止めをしたかによるように思います。
 また、伝播可能性の観点から、その口止めが有用なのかも疑義があります。
 事案を見た限りだと、本件で被告人の発言をした場所は、役員がいるだけではなく、一般の従業員もおり、そもそも場として特定と行っていいのか分からないところがあります。
 そのため、仮に、役員だけではなく、参加者全員に口止めをし、誓約書を出させたとしても、本件で名誉毀損が成立しないかどうかと言われると、微妙のような気がします。

2013年09月17日 19時34分

相談者
 大判昭和12年11月19日刑集16巻1513頁の判例で最も腑に落ちない点は、「絶対に伝播のおそれがない場合には公然性がない」という見解が、大審院で示されたという点です。
 つまり被告は、大審院まで名誉毀損罪が成立しうるか否か、争ったということですよね?伝播のおそれが絶対にないないはずの発言がどうして親告罪の犯罪として告訴され、起訴され、大審院まで進んだのでしょう?どこかで被害者までうわさが伝播してきた(公然性があった?)としか思えないのですが、真相はどうなっているのでしょう?

 また、特定少数(極端な話一人)に事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合であっても、摘示した相手が噂好きで、すぐに話を伝播させる人であった場合は、名誉毀損罪は成立するわけですよね?
 となると、公然性があるか否かの判断は「不特定の者への事実の摘示の有無又は、事実の摘示後に当該事実が不特定の者へ伝播する可能性の有無」で決まるように思うのですが、大判昭和6年6月19日刑集10巻287頁の判例は、なぜ「多数人」等という特定の人間の中で事実の摘示が完結してもなお名誉毀損罪が成立するかのような誤解を与えかねない単語を用いたのでしょうか?「多数人」というのは伝播の可能性が高まる一つの要因に過ぎないと思うのですが、現状どのように解釈されているのでしょう?

2013年09月18日 00時42分

三輪 和彦 弁護士
ありがとう
 私にはあなたの違和感自体が把握されていないので、回答のピントが外れているかもしれないことをお許しください。
 また、判例の解釈についてでしたら、この掲示板で実務家に質問するよりも学者に訊いた方がいいのかもしれません。


>大判昭和12年11月19日刑集16巻1513頁の判例で最も腑に落ちない点は、「絶対に伝播のおそれがない場合には公然性がない」という見解が、大審院で示されたという点です。

 私自身、法益侵害の現実的危険性のない行為は実行行為とはいえない(不能犯になる)と考えていることから、この判断は妥当かな、と思っています。

 なお、「おそれがない」、「可能性がない」というのは、「客観的に見て確率が0である」ことを意味しません。
 その可能性が極めて小さい場合であって、通常生じ得ないのであれば、確率的には0ではなくても「可能性がない」という言い方はします。
 法律的に見て、「可能性がない」行為を行い、たまたま「結果が発生した」という場合、可能性のない行為を咎めたところで、法益保護や社会の秩序の維持になんら役に立たないことを考慮すれば、この判断は妥当かと思います。


>被告は、大審院まで名誉毀損罪が成立しうるか否か、争ったということですよね?伝播のおそれが絶対にないないはずの発言がどうして親告罪の犯罪として告訴され、起訴され、大審院まで進んだのでしょう?どこかで被害者までうわさが伝播してきた(公然性があった?)としか思えないのですが、真相はどうなっているのでしょう?

 まあ、真相は秘密が漏洩したということになるのだろうと思います(判例の原典まで追っていないためなんとも言えませんが)。


>また、特定少数(極端な話一人)に事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合であっても、摘示した相手が噂好きで、すぐに話を伝播させる人であった場合は、名誉毀損罪は成立するわけですよね?

 噂好きである(記者とかいう職業ならさておき、噂好きであるという性格的なものをどう立証するのかはさておき)として、可能性レベルで不特定多数に拡散するのであれば、「公然と事実を示して他人の名誉を棄損した」とは言いうるでしょう。
 現実問題として、その人が誰にももらさなかったら、立件は難しいでしょうが。

(続きます)

2013年09月18日 16時38分

相談者
 事実を摘示したことが漏洩した事件の大審院判決で「絶対に伝播のおそれがない場合には公然性がない」→「この事件はそれに当たる」→「違法性なし」
という判断が示されたのが腑に落ちなかったのですが、法律の世界では、「絶対に」などと判例で強調した場合であっても、現実的に伝播する可能性はあり、またたとえ伝播したとしても直ちに公然性があるということにはならない、ということなのでしょうか?

2013年09月22日 14時31分

三輪 和彦 弁護士
ありがとう
 ごめんなさい。
 続きの文章を書いたつもりが、掲載されていませんでした申し訳ありませんでした。
 ただ、続きの原稿を掲示盤上に再現させた関係で、バックアップがありません。
 申し訳ありません。

 さて、

>法律の世界では、「絶対に」などと判例で強調した場合であっても、現実的に伝播する可能性は0%ではありません。
>ですから、たとえ伝播したとしても直ちに公然性があるということにはならない、ということなのでしょうか?

 そういう理解でいた方がいいかと思います。
 私自身、サイエンスの研究室にいたことがありますが、その視点からみると、法律の評価って厳密でないところがあります。

 例えば、

 私が自己の私室(普通の声であれば、隣の部屋に声が漏れない)において、Aに対してBの名誉を毀損するような発言を行った。
 しかし、たまたま、私の部屋に盗聴器が仕掛けられ、それが公共の電波にてオンタイムで放映されていて、私はそのことに気付かなかった(なお、盗聴器を仕掛けられたかについて私は部屋を調査していない)。

 あるいは、 私が自己の私室(普通の声であれば、隣の部屋に声が漏れない)において、Aに対してBの名誉を毀損するような発言を行った。
 しかし、隣室のCが私とAの会話を壁に耳に当てていて(そのことを私は認識していないし、壁を調べて聞き耳を立てているかチェックをしていない)、Cがそのことを周りに言いふらした。

 これらの場合、共に名誉毀損罪の構成要件は満たしません。
 判例的な表現を借りれば、「甲の行為は名誉を害される可能性がない」等と言うでしょうね。
 現実に見れば、私の発言が外部に漏れる可能性は0%ではないにもかかわらず。 

2013年09月24日 14時06分

相談者
 先生のあげられた例に関してですが、どちらの例の加害者も、「公然と事実を摘示しよう」という故意が無いので名誉毀損罪は成立しないということですか?
 そうだとすると、名誉毀損罪のような本人の意思以外のいろいろな要因が犯罪の成立に影響するような罪の「故意」とはどのようなものだと考えれば良いのでしょうか?
 公共の場(公園等)で少数の親しい人に名誉毀損的な話をして、そこに盗聴器が仕掛けてあり発言が伝播した場合等はどうなるのでしょう?
 「公共の場で話した」→「公共の場ならどのような状況であれ伝播可能性が無いとは言えない」→「名誉毀損罪成立」という風になるのでしょうか?

2013年09月24日 23時35分

この投稿は、2013年09月14日時点の情報です。
ご自身の責任のもと適法性・有用性を考慮してご利用いただくようお願いいたします。

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