労災保険と自賠責保険(任意保険)の補償内容の違い
通勤中や仕事中に交通事故にあい、労働災害(労災)と認められた場合、「労災保険」を使って治療費などの支払いを受けることができます。
さらに、通常の交通事故と同じように、加害者が加入している「自賠責保険」や「任意保険」も利用できます。
自賠責保険は、法律で全ての自動車に加入が義務づけられている保険です。ただし、自賠責保険の補償には限度額があります。
任意保険は、自賠責保険で支払いきれない賠償に備えて、ドライバーが任意で加入する損害保険です。事故の損害が自賠責保険の限度額を超える場合に、その超える部分の賠償金が任意保険から支払われます。
労災保険と自賠責保険の補償には同じような補償と、異なる補償があります。それぞれの補償の主な違いをまとめると、以下のようになります。
任意保険は実際の損害額が自賠責保険の限度額を超える場合に支払われる保険なので、補償内容は自賠責保険とほぼ同じように考えることができます。
補償の対象 | 労災保険 | 自賠責保険 |
---|---|---|
治療費 | 療養給付 (療養補償給付) |
治療費 |
仕事を休んで減った収入 | 休業給付 (休業補償給付) |
休業損害 |
休業特別支給金 | × | |
治療が長引いたこと | 傷病年金 (傷病補償年金) |
× |
傷病特別年金 | ||
傷病特別支給金 | ||
その他(交通費など) | × | 治療関係費 | 精神的苦痛 | × | 慰謝料 |
労災保険と自賠責保険・任意保険の手続きの進め方
労災保険と、自賠責保険・任意保険は、両方に請求して、どちらからも補償を受けることができます。
ただし、同じ内容の補償は、労災保険と自賠責保険の両方から二重取りをすることができず、どちらかのみから支払いを受けることになります。
同じ補償内容の場合でも、片方の保険から受け取った保険金よりも、もう一方の保険で補償される金額の方が多い場合には、その多い部分だけをもう一方からも受け取ることができます。
労災保険と自賠責保険・任意保険のどちらを先に使うべきか?
労災保険と自賠責保険のどちらから先に支払いを受けるべきかは、特に決まっていません。
どちらの保険から先に支払いを受けるかは、自分で決めることができます。
受け取れる金額は、どちらから請求しても、基本的には同じです。
ただし、次のような場合には、受け取る金額が変わる可能性があるので、請求の順序を考えた方がよいでしょう。
- 治療費を抑えて治療に専念したい場合
- 被害者にも過失がある場合
- 後遺障害が残った場合
- 先に多くのお金を受け取りたい場合
- すぐにお金を受け取りたい場合
治療費を抑えて治療に専念したい場合
治療費を抑えて治療に専念したい場合には、労災保険の補償を先に受けた方がよいケースがあります。
治療費を立て替えないで治療を受けられる
労災保険を使うと、ケガの治療費が全額、国から支払われます(療養給付、療養補償給付)。 「労災指定病院」を受診すれば無料で治療を受けることができ、自分で費用を立て替える必要もありません。 治療費の負担を抑えたい場合には、先に労災保険を使ってこのような補償を受けるとよいでしょう。
治療費を打ち切られる心配がなく治療に専念できる
任意保険を先に使う場合、任意保険会社が被害者の治療費を病院に直接支払うという対応をしてくれることがあります(一括対応)。 その場合、治療をしてある程度経つと、任意保険会社が「治療はそろそろ終わるはず(完治した)」あるいは、「これ以上回復しないところまで治療した(症状固定した)」と主張して、治療費の一括対応をやめることがあります。「治療費の打ち切り」といいます。 治療費が打ち切られると、被害者が自分で治療費を払わなければならない場合があります。 労災保険を使う場合には、このような治療費の打ち切りはありません。 治療費の打ち切りを心配せず治療に専念したい場合には、労災保険を先に使うとよいでしょう。
被害者にも過失がある場合
被害者にも過失がある場合には、労災保険の支払いを先に受けた方がよいケースがあります。
被害者にも過失がある場合、任意保険や自賠責保険では、被害者の過失割合(事故を引き起こした落ち度)によって保険金を減額する「過失相殺」という制度があります。
自賠責保険では、被害者に過失割合が7割以上ある場合、支払われる金額が減ってしまいます。
任意保険の場合には、被害者の過失割合が少しの場合でも、過失割合に応じて支払われる金額が減ってしまいます。たとえば、被害者の過失割合が1割の場合には保険金が1割減ります。
労災保険では、過失割合に応じて支払われる金額が減ることはほとんどありません。
被害者にも過失がある場合は、労災保険からの支払いを先に受けて、補えなかった分を自賠責保険や任意保険会社からの賠償金でカバーするという方法がよいでしょう。
後遺障害が残った場合
後遺障害が残った場合には、労災保険の支払いを先に受けた方がよいケースがあります。
治療をしたけれど完治せず、症状が残った場合には、その症状が後遺障害等級の何級に当たるかによって受け取れる保険金の金額が変わります。
そこで、後遺障害等級の何級に当たるかを決めるために、「後遺障害等級認定」という手続きをします。
後遺障害等級認定は、労災保険でも自賠責保険でもすることができますが、労災保険の方が被害者に有利な認定をしやすいと言われています。
後遺障害が残って後遺障害等級認定をする場合には、労災保険を先に使うことを検討してもよいでしょう。
後遺障害等級認定の内容や手続きについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
先に多くのお金を受け取りたい場合
先に多くのお金を受け取りたい場合には、自賠責保険・任意保険の支払いを先に受けた方がよいケースがあります。
自賠責保険では、労災保険とは異なり、「慰謝料」を受け取ることができます。
また、仕事を休んで減った収入についても、労災保険では給料の80%(休業給付(休業補償給付)が60%、休業特別支給金が20%)しか補償されませんが、自賠責保険(休業損害)では100%の支払いを受けることができます。
このように、自賠責保険は労災保険よりも補償の範囲が広いので、先に多くのお金を受け取りたい場合には、自賠責保険を先に利用するとよいでしょう。
すぐにお金を受け取りたい場合
すぐにお金を受け取りたい場合には、自賠責保険・任意保険の支払いを先に受けた方がよいケースがあります。
自賠責保険には、「仮渡金(かりわたしきん)」といって、すぐにお金を受け取りたい場合に、費目を定めないで一定のお金を受け取ることのできる制度があります。
ケガをした場合には、ケガの程度に応じて次の金額を受け取ることができます(5〜40万円)。
仮渡金制度の内容や手続きについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
労災保険を先に使う場合の手続きの流れ
労災保険を請求するには自分で手続きを行いますが、会社が手続きを代わりに行ってくれることも多いようです。
会社に手続きをやってもらえないか、総務部などに確認しましょう。
労基署に労災保険を申請する
自分で手続きをする場合には、労働基準監督署に労災保険の給付を申請します。 労災保険の申請先は、所轄の労働基準監督署です。労働基準監督署は厚生労働省のホームページから探すことができます。 必要な書類は補償される給付によって異なります。交通事故の場合は、「第三者行為災害届」も提出します。 書類は厚生労働省のホームページからダウンロードできます。労働基準監督署に行って手に入れることもできます。
労災保険を先に使いたいことを任意保険の担当者に伝える
任意保険会社の担当者から連絡がきたら、労災保険を先に使いたいことを任意保険の担当者に伝えましょう。 労災保険を先に使いたいことを伝えると、「労災保険や病院に提出した書類を任意保険会社も見ることに同意する」という内容の同意書を書くように求められます。任意保険会社が労災保険や病院に提出した書類を確認して、労災保険ではカバーされない損害(慰謝料や病院への交通費など)について手続きを進めるためです。 サインをすると、任意保険会社が労災保険や病院の書類を見ることができるようになり、手続きを進めてもらうことができます。 「慰謝料」は労災保険からは受け取れず、自賠責保険・任意保険からのみ受け取ることができます。労災保険だけでなく、自賠責保険・任意保険の手続きも忘れずにしましょう。
自賠責保険・任意保険を先に使う場合の手続きの流れ
自賠責保険・任意保険を先に使う場合には、通常の交通事故と同じように任意保険会社の担当者が自賠責保険から支払われる保険金も含めた保険金を支払うための手続きを進めます(一括対応)。
任意保険会社から保険金を受け取った後に、労災保険の手続きを進めることになります。
「休業特別支給金」は労災保険からのみ受け取れる補償です。「休業特別支給金」のみを請求することができるので、労災保険の手続きも忘れずにしましょう。