生命保険の契約をむすぶ際、保険会社から渡されるのが「約款」。給付金の請求手続きなど、生保と加入者の双方が守るべき事項が盛り込まれた大変重要な文書だ。しかし、記載内容は非常に細かく、量も多い。たとえば、ある大手生保の終身がん保険の約款は、A4の紙で14ページにも及ぶ。
保険という商品の性質上、取り決めが詳細になるのは、ある程度やむを得ないだろう。生保側も語句を平易にしたり、図表を用いたりするなど、読みやすくしようとさまざまな工夫を凝らしている。しかし、それでも契約者のなかで隅々まで目を通し、内容をすべて正しく理解している人は、決して多くないのではないか。
保険金の請求などをめぐってトラブルになった場合、やはり約款を全部読んで理解していないと不利になるのだろうか。大手保険会社に勤務した経験をもち、保険の問題にくわしい好川久治弁護士に聞いた。
●生活のなかには「約款」があふれている
「約款は、多数の利用者との契約を大量かつ画一的に処理するため、企業などが予め作成した契約条項の集まりです。
生命保険に限らず、鉄道・バス・飛行機・船舶などの旅客運送や、宅配・引越などの物品運送、旅行・通信・不動産・銀行などの各種取引、ソフトウェア製品の購入、インターネットサイトの利用など、私たちの生活のなかには、約款があふれています。
約款は、大量の定型的な取引を迅速かつ効率的に行うために不可欠であり、社会的必要性は極めて高いものです」
好川弁護士はまず、約款の必要性について、このように強調した。
「裁判例でも、約款の有効性は広く認められています。約款によることが通例で、利用者の信頼の高い取引分野では、利用者は約款による取引の意思を有するものと推定されます。
そういうケースでは、たとえ利用者が個々の契約条項を知らなくても、約款が利用者を拘束する、としています」
つまり、先ほど挙げられたような分野では、約款はある意味、常識的な「ルール」として、利用者側もそれを知っているとみなされているということだろう。
●非合理的な内容の約款は認められない
そうなると心配なのが、もしその約款に、こっそりと常識はずれのルールが盛り込まれていたら、という点だ。
「約款は、交渉により内容を修正することは予定されておらず、利用者には約款を受け入れるか、取引をしないかの選択肢しかありません。
そのため、約款を利用した取引では、利用者保護の観点から、利用者が予め約款の内容を知り得る機会が保障され、内容も合理的であることが強く要請されます」
つまり、だまし討ちや、非合理的な内容の約款は許されないということだ。なお、約款の内容については、その業界に応じた国の監視・規制があるという。
「約款に関しては、法律や行政による監督のほか、裁判所による約款の解釈適用を通じて、利用者が不利益を被らないような手当がされています。
生命保険も、保険業法によって厳しい規制が行われており、約款に記載すべき事項が法律で定められ、生命保険会社が約款を作成変更するには内閣総理大臣の認可が必要とされています。
また、生命保険会社が利用者と保険契約を締結するにあたっては、事前に商品の仕組みや保障内容、保険料、告知義務、責任開始期、免責事由等の重要事項を適切に伝えることなど、約款の内容が確実に利用者に伝わるよう、監督上の指針が定められています」
●「知らなかった」「読んでいなかった」は通用しない
好川弁護士は生保業界の規制についてこう説明したうえで、次のように結論付けていた。
「生命保険取引においては、制度上も約款の合理性が確保され、利用者が約款に接する機会も保障されています。
したがって、約款の内容を知らなかった、約款を読んでいなかった、などと主張しても、約款の効力を争うことは極めて難しいと言えるでしょう」
たしかに、ここまでガッチリとルールが固められているとなれば、利用者は約款内容をきちんと理解しておく必要がありそうだ。分からない点は業者側にどんどん質問をして、疑問を解消してから契約すべきなのだろう。