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「絶歌」出版で注目の「サムの息子法」日本でも制定すべき? 弁護士たちの賛否両論
神戸連続児童殺傷事件の加害者である「元少年A」(32)の手記『絶歌』

「絶歌」出版で注目の「サムの息子法」日本でも制定すべき? 弁護士たちの賛否両論

1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の加害者である「元少年A」(32)の手記『絶歌』をめぐり、「世に出すべき本ではない」と批判が噴出している。特に注目されているのが、著者が受け取る「印税」の使い道だ。

版元の太田出版によると、男性は「被害者への賠償金の支払いに充てる」と話しているそうだが、支払いに充てる義務があるわけでもなく、「金儲けのために出版するのは良くない」という批判もある。

アメリカでは、犯罪者による手記の出版など、自ら起こした事件に関連して得た利益を差し押さえ、犯罪被害者や遺族の訴えに基づいて、補償に充てる「サムの息子法」と呼ばれる法律が定められている。

「サムの息子」の名で若い女性などを殺害した連続殺人者デビット・バーコウィッツが、犯罪手記を出版しようとしたことをきっかけに、1977年にニューヨーク州で制定された。

『絶歌』出版を受けて、日本でもこのような法律を作るべきだという声があがっている。「サムの息子法」のように、犯罪を引き起こした人が、その犯罪に関する情報をもとに稼いだお金を差し押さえ、被害者に渡すような法律を制定すべきなのか。弁護士ドットコムに登録している弁護士に意見を聞いた。

●「日本でも制定すべき」が7割

以下の3つの選択肢から回答を求めたところ、16人の弁護士から回答が寄せられた。

1 日本でも制定すべき→11人

2 日本では制定すべきではない→4人

3 どちらともいえない→1人

回答は<日本でも制定すべき>が11票と最も多く、7割を占めた。<日本では制定すべきではない>は4票、<どちらともいえない>は1票だった。

<日本でも制定すべき>と回答した弁護士からは、犯罪被害者に対する現状の補償制度が不十分なことを理由に、犯罪者が自身の犯罪に関することで得た利益を、被害者の救済に充てるべきだという意見が複数あがった。また、表現の自由については「出版自体を制限しないのであれば、加害者の表現の自由も一応守られているといえる」などの意見があった。

一方、<日本では制定すべきではない>と回答した弁護士の中には、強制的に利益の差押えを行えば、「表現の自由に対する大きな萎縮的効果を生む」という意見や、法律を適用できるケースが今後何件発生するかが疑わしいため、制定は難しいのではないかという意見があった。

回答のうち、自由記述欄で意見を表明した弁護士14人のコメント(全文)を以下に紹介する。(掲載順は、日本でも制定すべき→日本では制定すべきではないの順)

●「日本でも制定すべき」という意見

【居林次雄弁護士】

「犯罪を悪用して得た経済的利益については、回収して被害者保護に充てるべきであると思われます。著者が反省して、印税を寄付するという方法もありましょうが、手っ取り早く、被害者救済に向けるには、法定しておく方が迅速でよろしいと思われます。犯罪を金儲けの一助にするということ自体が、許されないと明確に宣言されることになりますから、思慮の浅い人にも悪質な人にも平等に当てはまるという長所があります」

【石井康晶弁護士】

「犯罪被害者や遺族が加害者から十分な賠償を受けられないケースは多く、自己の犯罪を書籍の出版という形で利用して得た利益を、被害者等への補償に充てる必要性は高い。また、出版自体を制限しないのであれば加害者の表現の自由も一応守られているといえる。そうすると、立法の必要性があり、憲法上の問題もクリアーすることは可能であるから、日本版『サムの息子法』の制定は支持すべきである」

【太田哲郎弁護士】

「10数年を経過しても消えることのない遺族の悲しみ・苦痛を、全く理解しない元少年と出版社に対して、遺族のみならず、多くの人々が、激しい憤りを感じています。被害者保護の立場にしっかり立って、遺族の感情を二度と逆なでしないような法制度を、早急に作る必要があると考えます。元少年の利益、出版社の利益を、すべて、被害者遺族への賠償にあてさせる法律が必要だと考えます」

【武市尚子弁護士】

「現時点では犯罪加害者側の出版活動は自由であり犯罪被害者への被害弁償も任意であることから、被害者の二次被害や苦痛のもとに加害者が利益を得ることが可能です。もちろん、被害者も別の手続で加害者に対して損害賠償請求することは可能ですが、被害者側に過度の負担を課すことなく実質的な被害回復につながるような仕組み作りは検討されてよいと思います。また表現することと出版して利益を得ることはイコールではなく、憲法上の表現の自由に対する過度の制約とはならないと考えます」

【山本毅弁護士】

「犯罪被害者に対する現状の補償制度は不十分であり、犯罪者が犯罪を犯したことをもとに出版した書籍等の利益を差押できるようにすることには問題がないと考える。反対論者が主張するように、現状のままとして、犯罪被害者または遺族に債務名義を取ることを求めることは、却って、公平を失すると考える。事案によっては、事件から3年以上を経過してしまい、債務名義が取れない事例もあるはずであり、その場合には救済されないことになってしまうのは、問題であり、制度的に解決すべきである」

【北出貴志弁護士】

「犯罪を犯した人が、その犯罪自体から利益を得ることも、その犯罪に関わる出版などで利益を得ることも、許すべきではないでしょう。感情的な観点からも納得し難いですし、なにより、犯罪をすることが利益になっては、犯罪に対する抑止力が低下します。従って、出版によって生じた利益が、犯罪を犯した人に渡らないよう、法整備をするべきであると思います。一方、表現の自由やその裏にある国民の知る権利との関係もあり、出版そのものの制限については、慎重に考える必要があると思います」

【岡田晃朝弁護士】

「被害者の救済が圧倒的に足りていませんから、犯罪者がいかなる形でも利益を受けた場合は、被害者の救済に売り分ける法制度は、積極的におこわれるべきかと思われます。そのための方法の一つとして有意義な制度でしょう。犯罪者が何らかの行為で利益を上げるのは被害者への弁済がすべて完了してからでよいでしょう。なお、表現の自由は、有料で利益を上げて出版する自由ではありません。様々な意見はあるとは思いますが、私は表現自体は規制しない以上、違憲とは言えないかと思われます」

【広瀬めぐみ弁護士】

「制定すべきだと思います。刑事罰と民事上の損害賠償は別途の問題ですが、刑事事件の中で民事上の損害賠償額も決められたらいいですよね。その上で、加害者が己の犯罪を利用して利益を得る場合には、被害者側がその損害賠償額に充つるまで自動的に差押えが出来るような法整備があったら良いのでは。加害者の表現・経済活動の自由も守られる必要があると思うのでそのように考えます。現状では無理と思いますが」

【大貫憲介弁護士】

「日本でも制定するべきだと思います。ただし、犯罪から得た利益と認定して押さえる手続きは司法判断にゆだねるべきでしょう。警察に任せるのは濫用の危険があります。例えば、法務省人権擁護局等が裁判所に請求し、裁判所の判断により、印税などを一定期間供託させ、犯罪被害者に差押えの機会を与える等制度設計をよく考える必要がありそうです」

【田島直明弁護士】

「被害者支援の法制度の強化が求められている世論の中、犯罪者が得た利益を犠牲者に還元することは意義があると考えますので、法律の制度それ自体には賛成します。ただし、犯罪加害者による出版を禁止するのは、憲法上保障された表現の自由に違反する恐れがありますし、また『サムの息子法』が目的とする犯人の収益没収についても財産の自由の侵害が問題になります。そこで、収益の没収を一部にとどめる(例えば8割)のであれば、違憲を回避することも可能になるのではないかと考えます」

●日本では制定すべきではないという意見

【塩見恭平弁護士】

「『絶歌』出版を受け、個人的に大きなショックを受けました。そして、その内容に強く興味を持ちました。しかし、犯罪を利用した金儲けに加担する形になるのが嫌なので、購入することはありませんし、心情としては利益全額を没収した上で遺族に渡すべきだと思います。但し、『サムの息子法』のように強制力によって出版による利益の差押えを行うことは表現の自由に対する大きな萎縮的効果を生むことになります。もっとも唾棄すべき表現を守ることが表現の自由の本質ではないかと考える以上、制定すべきと積極的には言えません」

【秋山直人弁護士】

「現在の法制度でも、被害者が加害者に対する損害賠償請求権について、被害者に訴訟を提起して、あるいは刑事裁判の際に損害賠償命令の申立てを行って、債務名義を取得した上、加害者の出版社に対する印税の分配請求権を差し押さえることによって回収することは可能だろうと思います。確かに、被害者に過度の負担をかけないように、特別法を制定することも考えて良いかもしれませんが、現実的には、なかなか今回の件だけをもって特別法の制定というのも難しいのではないでしょうか」

【加藤尚憲弁護士】

「立法の趣旨としては理解できなくもありませんが、法律の適用がなされるケースが果たして何年に一度あるかどうか、疑問です。国会の会期中に審議が可能な法律の数には自ずから限界があり、政治や経済の重要な課題を解決することや、より重要な法案について審議することに時間を振り向けた方が良いと考えられます」

【濵門俊也弁護士】

「かりに日本版『サムの息子法』を制定したとして、一般化できるほどのケースが今後現れるかについては、かなり疑問があります。また、犯罪者が自らの事件を商業的に利用して得た金銭を奪うことにより、犯罪の収益性を除去する目的は理解できますが、得られた収益のうち、どの程度まで犯罪被害者らへの補償するのか等、政策判断はかなり難しいでしょう。

『見ない。買わない』という不買活動という視点もあるように思います」

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