いまの日本では、6人に1人の子どもが「貧困家庭」で暮らしているーー。厚生労働省が昨年発表した2012年の「子どもの貧困率」は16.3%で、過去最悪の数字を記録した。この数字は同省が3年ごとに実施している国民生活基礎調査によるものだが、1985年に10.9%だった子どもの貧困率はだんだん大きくなり、ついに16%を超えたのだ。
特に「ひとり親世帯」の子どもの多くが経済的な苦境に置かれていることが、調査結果から見てとれる。川崎市の中学1年生殺害事件で命を奪われた上村遼太君の母親が公表したコメントも、5人の子を育てるシングルマザーの置かれた厳しい境遇をうかがわせた。
<遼太が学校に行くよりも前に私が出勤しなければならず、また、遅い時間に帰宅するので、遼太が日中、何をしているのか十分に把握することができていませんでした>
そんななか、「母子家庭における子どもの貧困ーその原因と実効的施策を考える」と題したシンポジウムが3月7日、東京都内で開かれた(日本弁護士連合会主催)。
●なぜ「母子家庭」の貧困対策が必要なのか?
シンポジウムの基調講演で、国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩・社会保障応用分析研究部長は、母子家庭の貧困対策の充実を訴えた。
「母子家庭の貧困を解決するために、もし何か1つやるのなら、『児童扶養手当』の拡充をするべきです。現金給付は、教育支援や親の就労支援よりも即効性があります。しかし現実は、中流層も上流層も生活が楽とはいえず、『自分は搾取されている』という意識がある。
この意識を変えていかなければ、拡充は難しい。ただし、手当を拡充してほしいと言う側も『なぜ拡充が必要なのか?』をきちんと伝えていくことが必要です」
児童扶養手当の拡充の必要性は、冒頭でも触れた厚労省の調査結果からも読み取れる。
それぞれの世帯の1人あたりの所得が、社会全体の中央値の半分(122万円)に満たない「貧困世帯」の割合が2012年は16.1%に達しているが、ひとり親世帯の貧困率は54.6%と突出している。特に母子家庭は父子家庭に比べて、経済的により厳しい状況に置かれているという。
●子どもは「我慢」の裏で寂しさを味わっている
パネルディスカッションには、母子家庭の貧困の支援や取材にあたる5人が登壇。NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子理事長や、ジャーナリストのみわよしこさんらが、シングル家庭が直面するさまざまな困難について討論した。
「貧困状態にあっても、子どもが親を恨むことは非常にまれ」と指摘したのは、登壇者の1人で「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク世話人の山野良一さんだ。
貧困状態にある子どもの多くは、親が苦労している状況を誰よりもよく見ている。そのため、ほしい物があっても我慢するといった術を身につけて、親に迷惑をかけまいと、貧困に適応しようとする。しかし子どもは、その「我慢」の裏で、さまざまな寂しさを味わっているという。
山野さんは、母子家庭で育った、ある少年の例をあげて説明した。その少年は、中学生のころから同級生や先輩と連れだって夜間徘徊を繰り返していた。警察から指導されても徘徊はやまず、最終的には児童福祉施設に入所することになった。
「彼が入所した施設は、内部に学校があるのですが、あるとき、学校から帰ってきて『ただいま』と言った少年に、施設の先生が『おかえり』と言ったんです。すると彼が、『先生、ぼくは、この一言を言ってほしかったんだよ』と言ったそうなんですね。つまり、彼の中では、本当に『寂しい』という気持ちが大きかったんです」
●「子どもの貧困は、喪失体験の積み重ね」
少年の母親は、子どもたちを養うために必死で働いており、夜も家にいないことが多かった。仕事のストレスから、子どもに辛くあたることも少なくなく、ときには手をあげることもあったという。
山野さんは「子どもの貧困は、喪失体験の積み重ねです。他の子どもが当たり前にできることができない。それは、とても寂しいことです」と強調していた。
子どもを養うためにシングルマザーが働けば働くほど、子どもとの時間やゆとりを持てなくなるというジレンマにも陥ってしまう。学校や地域をはじめ、社会全体で支え合うためにどうするべきか。
国立社会保障・人口問題研究所の阿部部長は「まず、隣の人に問題を話すことから」と、提言した。タブー視せずに語り合うことこそが、問題解決のための大きな一歩となるということだ。