これまで3回も再審開始決定が出ているにもかかわらず上級審で覆されてきた大崎事件は1月8日、鹿児島地裁に第5次再審請求がなされた。
殺人と死体遺棄の罪で満期(懲役10年)服役した原口アヤ子さん(98)と、懲役8年だった元夫(故人)に代わって長女(70)が請求した。
弁護団の鴨志田祐美共同代表は「アヤ子さん存命中に無罪を獲得する最後の機会」ととらえ、30年間に及ぶ再審請求の原点に返って「有罪認定には合理的な疑いがあることをきちんと立証する」と語った。(ジャーナリスト・宮下正昭)
●殺人ではなく、事故死?
1979(昭和54)年、大崎町井俣の男性(42)が自宅堆肥置き場から変死体で見つかった事件。志布志署は男性の長兄と次兄を絞殺と死体遺棄、次兄の長男を遺棄手伝いの疑いで、さらに当時、長兄の妻だった原口さんを主犯格として逮捕した。
長兄ら3人は1審で有罪が確定したが、逮捕時から無実を訴え続けた原口さんは最高裁まで争って有罪が確定した。
男性は遺体発見の3日前、酔って自転車を運転中に道路脇の側溝(深さ約1メートル)に自転車ごと転倒し、ずぶ濡れになって意識混濁の状態だったのを住民2人が救出、男性の自宅まで運び入れていた。
このため再審弁護団は、男性は側溝転倒時に首などを強く打ち、死に至ったと事故死を主張。また、逮捕当初から容疑を認めていた形だった長兄ら3人はいずれも軽度の知的障害があったことなどから自白は誘導されたものとした。
●救急救命医師らが新鑑定
今回の第5次請求で弁護団は、事故死の可能性と長兄らの供述の信用性について新たな鑑定で補強した。
救命救急が専門の守田誠司・東海大医学部教授と整形外科外傷などが専門の北田真平医師(兵庫県立西宮病院)の鑑定結果から、側溝に自転車ごと転落した男性は頸椎前面に血腫ができ、気管を圧迫していたうえ、低体温症も相まって呼吸不全に陥っていた可能性があるという。
さらに、ずぶ濡れだった男性を住民2人が軽トラックの荷台に乗せて男性の自宅まで運んだ際、適切な頸部保護がなされなかったことから傷を深め、搬送時には死に至ったとする救命救急士の鑑定も付けた。
弁護団は今後、法医学者、臨床医などの追加鑑定書も準備しているという。
●供述分析し、「自白誘導」の証明目指す
自宅に運び込まれた男性を長兄らが絞殺し、堆肥置き場に遺棄したとされた長兄ら3人の自白については、再審で逆転無罪となった福井中学生殺害事件などに携わった大倉得史(とくし)京都大学院教授に心理鑑定を依頼。
実体験に基づく供述かどうか検討したところ、3人の犯行供述は、三者三様でことごとく食い違い、有罪の根拠ともされた相互補完的関係にはなく、相互に排斥的な関係にあるとした。
さらに弁護団は、言語情報科学などが専門の稲葉光行・立命館大教授に、文書に含まれる語句の頻度や関係性を軽量化・視覚化する「テキストマイニング」鑑定を依頼する。
長兄ら3人と犯行の報告を受けたとされた次兄の妻を合わせた4人の供述を分析したところ、捜査の進行に伴って原口さん主導の犯行ストーリーに収斂されていく構造が確認できた。
一方で公判での調書からは、殺害の実行と原口さんの指示という核心部分で食い違いが大きく、一貫性と整合性の弱さが露呈したという。
弁護団はこれら5つの新しい鑑定書のほか今後追加される鑑定書を合わせ、これまでの再審請求より「質量ともに圧倒的に充実している」と再審開始決定へ自信をのぞかせた。
●「『犯人を差し出さなければ無罪になれない』」は間違い」

大崎事件の再審請求は1995(平成7)年に第1次請求し、2002(平成14)年、鹿児島地裁が長兄らの自白の信用性に疑義を示し、再審開始を決定する。しかし、検察側が不服申し立てして高裁、最高裁では請求は棄却された。
第2次請求も全敗したが、第3次請求で2017(平成29)年、鹿児島地裁は再び、共犯自白の信用性を否定して、再審開始を決める。さらに検察の即時抗告を受けた福岡高裁宮崎支部は、事故死の可能性を認めて再審開始決定を堅持した。
ところが検察側が特別抗告したところ、最高裁は請求を棄却、開始決定を取り消した。最高裁は通常、憲法や判例などに違反があるかどうかを審査し、事実認定まで踏み込む場合は被告側に有利となることが多いが、逆の方向からの事実認定となった。
しかも、事故死だとすると誰が男性の遺体を堆肥置き場に遺棄したのかと疑問を投げかけ、自宅まで運んだ住民2人しか考えられなくなるが、2人の遺棄は証拠関係から全く想定できないと言及した。
次の第4次請求で弁護団はその住民2人の供述を「テキストマイニング」鑑定するなどして2人の供述の信用性に疑問を投げかけたが、地裁、高裁、最高裁ともに「住民2人が遺棄するのは不自然」などとして請求を棄却する。
こうした流れに鴨志田弁護士は「死体遺棄の犯人を差し出さなければ無罪になれないというのは間違い」と批判。
今回の5次請求では確定判決の事実認定にあらためて正面から向き直って、「有罪認定に合理的な疑いが生じれば十分。もう一度、きちんと立証していく」と語った。
●再審法改正と大崎事件
現在、法制審議会で見直しの議論が進んでいる再審法改正について、検察官の不服申し立て制が現状のまま残るかどうかは「大崎事件にとって死活問題」と鴨志田弁護士。
証拠開示の在り方なども含め「冤罪被害者の救済に役立つ法律に生まれ変わるか。裁判所や検察官に使い勝手のいい、簡単に請求棄却できるような法案になるかどうか今が分岐点」と、大崎事件の再審請求が持つ時期的な意義も語った。
●冤罪被害者も支援
再審請求後、記者会見する弁護団や関係者。マイクを持つ請求人の原口さんの長女=8日、鹿児島県弁護士会館
再審請求後、近くの鹿児島県弁護士会館で記者会見が行われた。いずれも再審で無罪となった袴田巌さんの姉・秀子さん、湖東記念病院事件の西山美香さん、東住吉事件の青木恵子さんのほか映画監督の周防正行さんらも参加。
請求人の原口さんの長女は、「警察が作り上げた冤罪事件です。この6月で99歳になる母は『していない』を認めてもらうために頑張って耐えて生きているんです」と1日でも早い再審開始を願った。
弁護団長の八尋光秀弁護士は「冤罪被害者は、法と正義の名において自由も尊厳も名誉も人生全てを奪われる」とその理不尽さを訴えた。
そして、既に亡くなっているアヤ子さんの夫と義弟、甥のうち義弟と甥は「冤罪の深い悲嘆と絶望のなかで自ら死を選んだ」と振り返り、1人残ったアヤ子さんの雪辱を期した。