「ここからスタートする、みんなの『俺ん家(ち)』にしたいっすね」。暴力団の元構成員で、薬物中毒だった過去を持つ遊佐学さん(49)は、こう夢を語る。彼が「家」と表現するのは、少年院や刑務所を出た人の再出発を支える自立準備ホームのこと。地元の栃木県栃木市で中古の戸建てを購入し、本格稼働させるタイミングで訪問した。(ジャーナリスト・富岡悠希)
●2階建て5DKの一軒家は「築40年」
JR山手線北部エリアの駅から、湘南新宿ラインと東武日光線を乗り継ぐこと約1時間半。「のどか」という表現がピタリとはまる駅に降り立つ。都心よりも肌寒さを感じながら、1つの改札を唯一の乗客として通り抜ける。
非行・犯罪に関する悩みを抱える若者を支援する一般社団法人「希望への道」の代表をしている遊佐さんが、車で迎えに来ていた。
ほんの数分走って、落ち着いた住宅街に入る。「ちょっと駐車場は狭いのですけどね」と言いながら、遊佐さんが車を止めた。そこが「俺ん家」だった。
2階建て5DKの民家は、築40年と聞いていたほどの古さを感じない。むしろ、いい感じだ。壁の入口にある表札は、いまだ真っ白いままだった。「近いうちに、そこに『俺の家』と書きますよ」。こう話す遊佐さんの声は弾んでいた。
自立準備ホームの部屋の様子(富岡悠希撮影)
●430万円で購入、追加出費は100万円ほどかかった
せっかくなので各部屋を案内してもらう。2階は6畳と10畳の畳敷きの和室が2部屋で、1階にも6畳の和室があった。2階の1部屋には2人ずつ、1階では1人の計5人を、ホームの入居者として受け入れる予定だ。講演会や他の用事で不在にもなるが、遊佐さんも1階に1部屋を確保し、共同生活を送る。
遊佐さんが、この一軒家を430万円で購入したのは、今年7月下旬。しばらく空き家になっていたが、前の住人がトイレやお風呂のリフォームを済ませていた。外観もそうだが、中に入っても小綺麗な印象を受けるのは、こうした理由だ。
ホーム用とするため、ふすまを壁にし、新しいエアコン2台を取り付けるなど必要な修繕をしてきた。電子レンジや炊飯ジャーをもらうなどして節約につとめたが、追加出費は100万円ほどかかった。遊佐さんは支援者への感謝を口にしながら、こう説明した。
「それでも、地元の仲間が大工や電気工事を安くやってくれましたし、費用はかなり抑えられましたね」
自立準備ホームの部屋の様子(富岡悠希撮影)
●2度目の刑務所で「聖書」を読み始めた
今は更生支援者となった遊佐さんだが、かつて地元の栃木市にいた頃は「ワル」だった。中学時代からタバコやシンナーに手を出し、高校に行かずに入った暴走族でケンカに加わり、18歳のときに少年院送りとなる。
半年で出てきたあと、20歳から1年間は新宿・歌舞伎町で「ぼったくりバー」の店員などをして過ごした。しかし、戻ってきた地元で、覚せい剤をどっぷりと覚えてしまう。
「クスリから抜け出すためには、環境を変えるしかない」。再び歌舞伎町に出ると、ヤクザになった。
しかし、覚せい剤の引力は強く、その使用で1度目の刑務所行きとなる。そこでもやり直せず、出所の2年後、売人として扱っていた覚せい剤所持の罪で2度目の刑務所送りとなった。
この2度目のとき、ヤクザから足を洗い牧師になった男性の本と出会う。「初めて心から『やり直したい』と思えるようになりました」。聖書を読み始め、出所したあとの2013年7月に洗礼を受け、支える側となった。
●夜勤でコツコツ貯金して手に入れた
自立準備ホームの構想は、数年来、温めてきた。グループホームの仕事で夜勤に多く入るなどし、コツコツと貯金。400万円まで達し、賃貸住宅の更新が控えていたこともあり、今年1月に栃木市に拠点を移した。
結果的には理想的な民家を手に入れたが、「2月から始めた物件探しが一番大変だった」。当初、初期費用を抑えるために賃貸物件を探した。ところが「近所に迷惑がかかる」との理由で、次々と5件も断られた。購入物件も同じで、こちらは3、4件から同じ理由でNGが出た。
遊佐さんは今月上旬、ご近所と町内会長の家、合わせて10軒ほどにホーム開設のあいさつに回った。物件探しの経緯から、「反対されるかも」との不安があったが、そうした声は出なかった。「やっぱり、ほっとしましたね」と正直な感想をもらした。
●少年1人を正式に受け入れる
これに先立つ11月には「再犯しないように地元を離れたい」との意向を持つ少年が1人、お試しでやってきた。期間自体は1週間だったが、講演に出る遊佐さんと東京に出たり、遊佐さんの実家に泊ったりしたこともあり、ホームの滞在は3日だった。一緒に料理をしてご飯を食べるなどして過ごした。
ホーム開設の許可が出たことから、少年は近いうちに遊佐さんの元に正式にやってくる予定だ。そして遊佐さんが紹介した解体工の仕事を始め、自立に向けた道を歩み始める。
こうしたホームは、保護観察所から委託を受けて活動している。その委託費は住居、食費、光熱費、自立準備支援費を合わせて1人1日あたり約5300円。昨今の物価高を考えると、「工夫しながらやっていかないと赤字になる」。
こうしたことから、遊佐さんが代表をつとめる「希望への道」は、月額会員制のサポーターを募集している。月500円から「俺ん家の仲間」になれて、イベントに招待されたり、仲間限定の活動報告メールが届いたりする。
●「どんな人でも変われるし、希望を持って生きてほしい」
自立準備ホームの前に立つ遊佐学さん(富岡悠希撮影)
遊佐さんの支える側としての活動は広がりを見せている。今年1月、国から「篤志面接委員」を委嘱された。南関東にある少年院を月1回訪問し、そこにいる1人の少年と1〜1.5時間の面会を重ねている。いつも伝えているのは、「どんな人でも変われるし、希望を持って生きてほしい」ということだ。
龍と不動明王の入れ墨が上半身にありながら、法務省から支える側に認められた遊佐さんの言葉には重みがある。面会している少年への大きな支えになるに違いない。
そんな遊佐さんは、自分一人の力だけでなくホームが少年らの更生を支えるハブ拠点になることを夢見る。
「多くの子たちが、ここに来て社会復帰する。でも、出ていったら終わりじゃなくて、実家のように気軽に帰ってこられる。そして、先輩が頑張っている姿を見て、今いる子も頑張ろうとする。『俺ん家』が、希望を持って人生の再スタートを切れる場所にしていきたいです」