安倍内閣が集団的自衛権の行使容認を閣議決定した7月1日、東京・永田町の首相官邸前では、抗議する人々の大規模なデモが繰り広げられた。その様子を取材しようと、弁護士ドットコムの記者は現地に赴いたが、集まった人の数が多すぎて、道路上ではデモの全体像を把握するのが難しかった。
そこで、首相官邸前に建っている国会記者会館(4階建て)の屋上にあがって、デモの様子を撮影させてもらえないかと、記者会館に行って要望した。ところが、「国会記者会の会員でないと、屋上に入ることができない」と断られた。
●ネットメディアと国会記者会の「裁判」が結審
国会記者会館の屋上の利用をめぐっては、インターネットメディア「OurPlanet-TV」を運営するジャーナリストの白石草(はじめ)さんが2012年9月、「ネットメディアやフリージャーナリストに国会記者会館の利用を認めないのはおかしい」として、同会館を管理する「国会記者会」を相手取って、損害賠償を求める裁判を起こしている。
この裁判は、2年間にわたる東京地裁での攻防を経て、6月30日に結審したばかりだ。判決はこの秋に言い渡される予定だが、そもそも、なぜ、フリージャーナリストやネットメディアは、国会記者会館の屋上にあがれないのだろうか。新聞やテレビなどのマスメディアで作る「記者クラブ」である国会記者会は、なぜ、自分たちと同じジャーナリストを排除しようとするのか。
国会記者会館の目の前で大勢の群衆によるデモが行なわれている7月1日の夕方、国会記者会の佐賀年之事務局長に話を聞いた。(取材・構成:亀松太郎、新志有裕)
●国会記者会の構成員は「153社」のマスメディア
――まず、基本的なことをうかがいたいんですが、国会記者会事務局というのは、政府の組織なんですか?
「いや、違います。国会記者会というのは任意団体で、法人格はありません」
――構成員は、どういう方ですか?
「国会記者会の構成員は、新聞・通信社、テレビ・ラジオという業種の153社。その中に19の幹事社があり、すべての決定権をもっています。幹事会というのが年2回あり、その指揮命令を受けて、私は事務局業務をしています」
――佐賀さんは、記者さんですか?
「いや、元記者。共同通信のOBです」
――我々が国会記者会館の屋上に上りたいと思ったのは、そこからのほうが官邸前デモの様子がよく把握できると考えたからです。佐賀さんが記者をされているときにも、そういうことががあったと思うんですが。もっと広く知りたいとか・・・
「ないですね」
――ないですか?
「僕は社会部ではなくて、政治部の経験が長いから。ところで、昨日(6月30日)、白石草さんを始めとするフリーの人たちが、屋上に上がったということは知っていますか?」
――はい。それで「ああ、国会記者会館の屋上に行けるんだ」と思ったんですよ。(フリーランスライターの)畠山理仁さんがツイキャスで中継したのも見ていました。
「だから、行ってみたい、と」
――はい。行けるのなら、行ってみたいなと思いました。
「でも、屋上に『行ける』のでなくて、白石さんは『行っちゃった』ということ。静止を振り切って、上がってしまった。それは、我々として不名誉だし、重大に受け止めている」
――そもそもの話として、なぜ、フリーのジャーナリストが国会記者会館の屋上に上げてもらえないのか。その理由を知りたいんですよね。
「それについては、ノーコメントしかない。私はそのことについて、言えるような立場ではないから」
――誰ならば、理由を言えるんですか?
「それは、常任幹事というのが、4人いて・・・」
――4人ということは、「会社」ではなく「人」ですか?
「はい。人です。その人が『答えてあげよう』ということになれば、ですけど・・・答えるかどうかは、わかりませんね」
●国会記者会は、国会記者会館を「所有」しているのか?
――知りたいのは、なぜ屋上に上がれないのかということです。
「それがメインということであれば、(白石草さんが国会記者会を訴えた裁判の)東京地裁の一審が昨日(6月30日)結審したばかりで、3か月後に判決が出ます。そのなかで、我々もいろいろな主張をしています」
――ただ、残念ながら、マスメディアでこの裁判のことは報道されていないじゃないですか。たとえば、共同通信は報じていますか?
「報じていないと思いますね」
――なぜですか?
「なぜでしょうね。なぜだと思います?」
――自分たちのことは、報じたくないからでしょうか。
「裁判を2年間やってきて、ある部分は一致しているんですよ。インターネットという新しいメディアがいろいろな可能性を切り開いていて、その重要性は、国会記者会も認めている。だけど、この国会記者会館は、衆議院が記者会に貸して、管理をまかせている」
――これは、国会記者会がもっている建物ですか?
「いや、もっていません」
――所有していないんですか?
「そうです。国有財産です」
――そうなんですか。本当ですか?
「本当ですよ。そんなのは、当たり前のことです」
――国会記者会館は、記者会が所有する建物であるから「入れることはできない」と言っているわけではないんですか?
「違います。国会記者会館は、我々の財産ではなく、国の財産です」
――だとすると、建物の中に入れるか入れないかは、国が決めるということですか?
「常識的には、そうじゃないですかね」
――では、なぜ、いま佐賀さんが応対しているんですか? 政府の方ではないんですよね?
「政府の職員ではないですよ。国会記者会は、民間団体だから」
――そうすると、建物の所有者ではないのに、僕らを止める権利があるんですか?
「権利はあるんですよ。国によると、国が記者会にこの建物をきちっと管理しなさいよということで、44年前に貸してくれたんですよ」
●国会記者会は「賃料」を払っているのか?
――建物自体を借りているんですか?
「そうですよ。敷地も」
――国会記者会という任意団体が、敷地と建物を国から借りている、と。
「任意団体、要するに民間団体です。構成員の社は、朝日新聞であったり、NHKであったりするわけですが」
――建物が国の財産ということは、国民の税金で運営されていると言っていいんですか?
「いやいや、それは違う」
――違うんですか?
「税金は、この運営にはビタ一文も・・・」
――土地代とかは払っているんですか?
「払っていません」
――払っていない?
「はい」
――なぜですか?
「なぜかは、答えられません」
――でも、払っていない、と。ここはものすごい一等地ですけど、1円も払っていないんですか?
「払っていません」
――ものすごい一等地をタダで借りている、と。建物もそうですか?
「そうです。その代わり、毎年1億円ぐらいかけて、建物のメンテナンスや我々職員の給料を負担しています」
――それは、マンションを借りている人が管理人さんを雇っているようなものですよね?
「そうですね」
――だけど、建物や土地の貸主である国に対しては、お金を払っていないんですね。それはなぜですか?
「なぜでしょうね。それは、取材してくださいよ」
――それって、国からの利益供与じゃないですか?
「利益供与かどうかについては、私はここで答えられないので、調べてください」
――とにかく、土地代も建物代も払わずに、国から貸してもらっているということですね?
「そうです」
●国の財産を「タダで借りている」気持ちとは?
――国会記者会は、この建物の「管理・運営権」を与えられているということですか?
「そうです。本来的な管理権をもっているのは国であり、衆議院ですが」
――国会記者会館は、衆議院がもっているんですか?
「国有財産は、財務省理財局が管理するのが普通ですが、ここは、衆議院のものなんですね。だから、もともとの管理権は衆議院にあります。それは間違いありません。使用者は衆議院です」
――それを国会記者会が借りている、と。
「それは、なぜなんですかというのは、衆議院にお聞きになるといいかもしれませんね。なぜ、そういうものを記者会にただで貸したのですか、と」
――そのように国の財産をタダで借りていることについて、罪の意識とか感じないですか?
「まったく感じない」
――なぜですか?
「それは、ノーコメント」
――あまりにも、いい思いをしすぎているとか、思いませんか?
「いや、思いませんね」
――なぜですかね?
「大変な責任があるじゃないですか。管理責任が、事務局長の私にはありますからね」
――管理責任があるのはわかりますが、国会記者会が、この一等地にある国民の財産をタダで占有しているわけじゃないですか。
「実は今日も、『国有財産だろ。我々の血税から出ているから、お前らの言うことを聞く必要はない』という人がきて、そういう話をしましたよ。なかなか分かっていただけなかったですが」
――もう一度聞きますが、国有財産をタダで借りていて「申し訳ない」という気持ちはないですか? あるいは、「いい思いをしているな」という気持ちはないですか?
「ない。『いい思いをしている』という思いもない」
――ある意味、特権を享受していると思うんですが?
「それは否定しない」
●国会記者会館の「屋上」に上がれない理由
――そもそも、なぜ、だめなのか。私たちも今日、「屋上に上がれません」と言われましたが、なぜでしょうか?
「それは、昨日、白石さんたちが入ったからです。昨日入られて、今日もあなたたちに入られたら、我々は管理人として、立つ瀬がないじゃないですか。だから、入れなかったんですよ。昨日の夜だったら・・・」
――ということは、つまり、彼女たちは入ってはいけないのに、入ってしまったということですよね。なぜ、入ってはいけないんですか?
「それは、我々が管理しているからですよ」
――たとえば、すでに記者が100人入っていて容量がいっぱいだから入れないとか、セキュリティ的に問題があるとか、なにか理由があると思うんですが・・・
「あと、重いから床が抜け落ちるとかね」
――そういう状態なんですか?
「それはありますよ。荷重制限はありますよ、おそらく」
――今日もそうなんですか?
「今日は・・・」
――我々が止められているうちに、横を通って屋上に行った人がいたんですが、入れないというのは、人数の問題なんでしょうか?
「まずは、国会記者会の会員であるということを、我々は重視していますね」
――もちろん、原則として会員の人が使う、というのは自然だと思います。だけど、例外として、会員以外の人を入れてあげるのを認めてあげてもいいと思うんですよね。特に、(官邸前で大規模なデモが起きている)いまみたいな非常に重要な節目のときは、広く報道されたほうがいいじゃないですか。そう思いませんか。いまのこの事態が、広く、多様に報道されたほうがいいと思いませんか?
「競争だからね・・・」
――「競争だから」というのは、意味がよくわかりませんが・・・
「取材というのは競争じゃないですか。幅広くみんなで取材したほうがいいというのは、非常にいいですよね、そういう考え方は。すばらしいですよ。でも、どうですか、世界中で、そのようになっているかというと、やはり、競争原理があるんじゃないんですか」
――もちろん、競争はありますけれど、ある意味、記者というのは、同業みんなで政府の動きや権力の動きを監視して、みんなで伝えてという面もあるのでは・・・。ライバルであると同時に、同業として、国民の知る権利にこたえていこうという点で、共通ではないかと思うんですが・・・
「そういう部分はある」
――たとえば、共同通信も動画をやっていると思いますが、やはり、ペンが中心であるとしたとき、ネットで動画でやるという白石さんの「OurPlanet-TV」みたいなメディアが入れば、多様な報道が可能になると思うんですよね。
「それは、一緒になって権力の風穴を開けるとか、情報交換をしてそういう運動をやるとか、あるいは、各社が競い合ってリクルート事件とかの広がりを全体で浮かび上がらせるとか、そういうのは、きっとあるでしょうね。結果的に、みんなで巨悪のようなものを浮かび上がらせるということはあるでしょう。だけど、基本的には競争で・・・」
●ネットメディアと既存メディアの違い
――もちろん、完全にフリーで競争しているならばいいんですが、この国会記者会の人たちは最初から建物を使える権利があって、もともとここにいて、国から建物をタダで借りているわけです。そういう人たちと外にいる人では、そもそも、すごいハンデがあるじゃないですか。それをもって競争というのは、変だと思いますけどね。
「それも競争ですよ」
――競争ですか?
「たしかに、白石さんは、ネットの申し子というか、ネットというものを使って、新しい報道の可能性をずっと追求されていて、大変だと思いますけどね。たとえば、福島第一原発の汚染水の問題などをフォローして、いろいろ暴いたり、データをすごく集められたりしているなと思います。非常にねちっこいというか、問題意識があるというか。だけど、それと、大きな組織というのは・・・」
――「大きな組織」というと?
「大きな組織は、コマーシャル、要するにCMがあることで、そのお金で取材したり、制作したり、ある程度の番組作りや報道ができるわけです。そうすると、白石さんのように、問題意識をとぎすませて、ある映像やあるデータを見つけてくるということをしなくても、報道ができますよね。いいネットワークがあれば、報道できると思うんです。そうすると、取材のやり方が違うんじゃないかと思いますよね」