児童相談所に付設する一時保護所は、子どもの生命の安全を確保することを第一の目的として、緊急の場合や行動観察のために児童を一時的に預かる施設だ。
一時保護所の経験者からは「刑務所のような場所だった」という意見も少なくないが、一方で「良い思い出がある」「ひどい一時保護所だけではない」という声もある。
様々な声があることが一時保護所の現状を表している。2018年7月に厚生労働省から出された「一時保護ガイドライン」では、一時保護所の課題を次のように挙げる。
〈しかしながら、(…)子どもの安全確保に重きが置かれ、子ども一人一人の状態に合わせた個別的な対応が十分できていないことがあることや、ケアに関する自治体間格差(…)などの問題が指摘されている〉
「刑務所だ」と言われてしまうような一時保護所が一箇所でもあれば、やはり問題だと言わざるを得ない。一時保護所で子どもたちはどのように過ごしているのか。元児童相談所職員として、その実態を紹介したい。(ライター・飯島章太)
●多くの一時保護所で続けている「日課」
多くの一時保護所には「日課」というものがある。子どもたちがいつ何をするのかを決めたスケジュールだ。
日課がなかった時代には、子どもたちがそれぞれの動きをしてトラブルが頻発していたため、1950年代の厚生省時代の通知や1990年の「児童相談所運営指針」などの内容を考慮しながら、各保護所の判断で一貫した日課を導入したという。
そのため現在まで日課を続けている一時保護所も多い。一時保護所に急に入って、何をしたらいいかわからない子どもたちが日課をこなす中で、落ち着いてきたのも確かだ。
ただし、児童相談所で働く中で、行き過ぎた日課・ルールがあることも目にしてきた。
以下で示す日課は、筆者が市川児童相談所に配属された際に渡されたマニュアル(平成31年度版)にあったものだ。日課の項目は大体20〜30分ごとに書かれている。そのうちの印象的なものを一部紹介する。
●「早く起きても時間まで布団で静かにしていろ」
「起床」では、起床時間を「7時」としている。設定時間こそ普通だが、「児童の動き」として定められているルールには、「目が覚めても起床時間までは静かに布団の中に入っている(トイレ以外)」と書かれていた。
つまり、子どもたちが7時以前に目が覚めてしまったとしても、7時が来るまでは原則として布団の中にいなくてはならない。布団の中で本を読んだりすることもできないまま、じっと静かにしている必要があった。
また、7時よりも5分でも遅く起きてはいけない。7時に電気がついた途端、子どもたちはすぐに布団から出るように職員から指示されていた。
「朝食」については、児童の動きとして「残さないように食べる」、留意点には「食べられそうにない時は、職員に許可を得て減らしてもらう(4分の3まで減らすことができる)」とされていた。
食事に関するルールは特に多いが、「原則として全部食べる」というルールがやはりあった。アレルギーがあるものは事前に除いてあるが、それ以外の好き嫌いに関しては配膳された4分の1を必ず食べなくてはいけなかった。時には1時間以上居残りさせて食べさせていた職員もいた。
やむを得ず子どもたちが食べられなかった時には、料理を作った厨房さんに子どもたちから謝るように職員は指導することになっていた。
こうした数多くのルールは子どもたちを萎縮させる。子どもたちの中には「納豆をご飯にかけちゃいけないんだよ」と本来ないはずのルールの存在を怖がり、ご飯と納豆を別々に食べる子もいた。
●入浴時間「20分」をストップウォッチで計測
日課には、子どもたち全員がおこなう「読書」の時間もあった。子どもたちは図書館などから借りてきた本を読むのだが、読むことができる本には制約があった。
「読書」の留意点として、「漫画・新聞は選ばない」「文章がある本を選ぶ」と記されているだけでなく、職員が子どもたちが選んだ本を事前に内容をチェックすることになっていたのだ。職員が読んではいけないと判断した本は読むことができない。
戦争に関する本の中に、被曝して焼けて裸になった女の人の描写を職員が見た際に、「これは見せびらかしたりするかもしれないからダメ」と本を借りてきた子どもに読ませなかったことがあった。ほとんど検閲だった。
14時半から「入浴」という日課も存在する。ここでは「一人20分以内(ストップウォッチ使用)」という時間制限の決まりがある。
脱衣所に入った瞬間ストップウォッチを開始するため、実際に浴槽に入れることができた時間は5分もなかったのではないかと思う。ゆっくり入浴したいという子にとっては、お風呂で心を休めることは難しかっただろう。
そのほか消灯時間にも日課があり、「着替えたら部屋から出ない(パジャマを着た後にトイレは×)」という留意点が書かれてある。
もちろん実際には就寝後にトイレに行く子はいた。しかし、就寝前の着替えた後にトイレへ行くことが制限されていたのは、一時保護所があらゆる日課の場面で、ルールや決まりを設けていることを象徴しているように思う。
今回、日課として引用したものはあくまでマニュアルの一部である。それ以外にも学習や曜日ごとの日課が書かれているポスターが、市川児童相談所の一時保護所の壁中には貼られていた。ルールは、文章に書かれていないものも数多くある。一時保護所の子どもたちの行動制限は少なくない。
●「ハズレ」の一時保護所があってはならない
一時保護所等を経て児童養護施設等に入所し退所した子ども・若者たちを対象に2020年度の厚労省の事業としておこなわれたアンケート調査の中で、一時保護所について「特によかったことや、今後改善したらいいと思うこと」という問いに対し、次のような回答があった。
〈一時保護については保護所は当たり外れがあるなと感じた。2つ経験したが、1つはのびのび過ごせたがもう1つは監獄みたいな生活だった。精神的にギリギリなのにルールが厳しすぎるのはしんどく感じた。 保護所の運用を見直してほしい〉
一時保護所について辛い思いを記述した子ども・若者はこれだけではない。ニュース報道、自治体の調査その他多くの場面で、勇気を出して伝えてくれた一時保護所の経験者たちは多数いる。
「刑務所」「監獄」と指摘される一時保護所の取り組みを減らすためには、一時保護所における子どもたちの状況について、多くの人に関心を寄せてもらう必要がある。「日課」で、私が目にした一時保護所のケアの状況について伝えた今回の記事がその一助となれば幸いである。
【筆者プロフィール】飯島 章太(いいじま しょうた):千葉県出身。中央大学法学部、中央大学大学院社会学専攻を卒業後、千葉県庁の児童相談所に就職し2021年11月に退職。現在は地域や児童福祉のライター・取材活動をしながら、「支援者の支援」の活動を続けている。