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故郷に錦を飾るか、それともババを引いて奴隷になるか…技能実習生の舞台裏に迫るルポ
フリージャーナリストの澤田晃宏氏(2020年6月/渋井哲也撮影)

故郷に錦を飾るか、それともババを引いて奴隷になるか…技能実習生の舞台裏に迫るルポ

外国人技能実習生というと、"劣悪な環境のもと、日本人ほどの待遇を受けられず、まるで奴隷のように働かされている人たち"を思い浮かべたりしないだろうか。そんな技能実習生の舞台裏について、これまでとは違う角度から光をあてたのが、『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)だ。

筆者は、フリージャーナリストの澤田晃宏氏。本書では、ベトナム農村部出身の若者たちの話が中心となっている。当事者のインタビューをしながら、なぜ日本で働くことになったのか、帰国したあとの生活についても丹念につづっている。(ライター・渋井哲也

●ベトナム人が多くを占めている

法律上、技能実習制度の目的は、「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術または知識の移転による国際協力を推進すること」とされている。

技能実習生の在留資格は、「技能実習1号」(入国から1年目)、「技能実習2号」(2〜3年目)、「技能実習3号」(4〜5年目)であり、在留期間は最長5年となっている。

法務省によると、2019年12月末段階で、技能実習生は41万972人。在留資格のある外国人の約15%を占めている。

国別の割合ではベトナムが53.2%で最も多く、中国が20%、フィリピンが8.7%、インドネシアが8.6%、タイが2.8%と続く。職種として、「技能実習2号」への移行者が多いのは、食品製造関係、機械・金属関係、建設関係などだ。

「ここ3、4年で技能実習生が爆発的に増えています。目につかない仕事がほとんどで、たとえば、弁当工場や水産加工工場などです。目につくとしたら、代表的なものは、介護や建設現場です」(澤田さん)

●「大手新聞の報道は一側面だ」と感じた

もともと技能実習制度は1993年にできた。当初は「特定活動」という在留資格で、研修1年・実習1年の計2年間だったが、1997年には実習期間が2年に延長された。2010年には、在留資格として「技能実習」が加わった。

その後、実習生の人権問題が出てきたことで、2016年に技能実習法ができる。本書が扱っている技能実習生は、この法律が施行された以降の話である。

澤田氏が技能実習生に注目したきっかけは、「大手新聞の記者たちによる弱者の味方気取りに嫌気が差したからだ」という。

技能実習法の成立前後、澤田氏は『AERA』(朝日新聞出版)の契約記者だった。

当時は、"騙されて連れて来られた"という報道もあった。一方、澤田氏は、『AERA』の契約記者になる前、フィリピンの首都マニラで、日本からの留学生を受け入れる仕事をしていた。その経験から、ふと思った。

「月収3万円程度のマニラの若者たちだって、スマホを持っています。フェイスブックなどで世界とつながっています。日本の若者と同じですよ。もし、日本の労働環境が劣悪だったら、みんな日本に来ないはず。報道を見ていて、『おかしい』と思いました」(澤田氏)

●東南アジアの青年にとっては一攫千金のチャンス?

同じころ、澤田氏は、進路多様校(就職者が一定数以上いる高校)向けの情報誌『高卒進路』(ハリアー研究所)の編集長として、高卒者の進路を取材していた。そんな中で、日本人の高卒を受け入れていた企業が、急速に、ベトナムから技能実習生を受け入れるようになっていく様子を見ていた。

本書の「序章」では、同誌の取材で出会った高卒の日本人会社員(27)と、ベトナム人の技能実習生(26)が家を建てたという話が紹介されている。前者は、さいたま市内に35年ローンで家を建てた。一方、後者は3年の技能実習後、ベトナムの農村部に家を建てている。

「技能実習生は最低賃金だったとしても、3年働けば、母国で家が建つんです。日本の高卒者は3年経ったら、どうですか?自動車免許を取れるぐらいではないですか?

ベトナム人を受け入れるのは企業にもメリットがあります。いわゆる、“753現象”があるからです。中卒者の7割、高卒者の5割、大卒者の3割が、3年以内で新卒の就職先をやめます。しかし、技能実習生はやめない。会社からすれば、すぐやめる高卒者よりも、最大で5年働く技能実習生のほうがいい」(澤田氏)

技能実習生は劣悪な労働環境で働かされているというイメージはあるが、3年働けば200~300万円程度の貯金ができて、地元に家が建つ人がいるという事実は、あまり知られていない。東南アジアの農村部の青年にとってみれば、一攫千金のチャンスであり、ジャパニーズ・ドリームともいえるだろう。

澤田氏は、"友人の保証人になったことを機に莫大な借金を抱えたが、それをギャンブルで返していく"というストーリーの漫画『カイジ』になぞらえる。

●一種の"嫉妬"があった

ただ、このテーマで取材して、一冊の本を書き上げるのは相当なエネルギーがある。ベトナムまで飛び、技能実習生の生活や考え方を取材したのだから、澤田氏にはさらに強い動機があるはずだ。

「ここまで取材したのは、一種の"嫉妬"ですね。僕たち日本人にとって、『平成』はずっと暗い時代でした。しかし、冒頭で取り上げた技能実習生は、ものすごい成り上がりです。人生大逆転ゲームです。

僕は現在、NPO法人の理事として、フィリピン人の支援もしていますが、フィリピンは今、日本の1970年代のようなものです。"今日よりも明日のほうがすばらしい"ということを誰も疑っていません。『家がほしい』『家族がほしい』と語ります。一方、日本の若者は夢を語らないじゃないですか。

技能実習生は成り上がりゲームで、しかもその割にはやっている仕事は単純な流れ作業です。誰でもできます。だったら、自分もやりたいって思いますよ。彼らの姿が生き生きとして、うらやましかったんです」(澤田氏)

●日本とベトナムでお金の価値が違う

技能実習生に嫉妬するのは、個人的な経験にも関係している。

澤田氏は神戸市出身で、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災の被災者だ。震災後、実家が負債を抱えて、家を売った。その後、その家を買い戻すために、澤田氏自身も借金を背負うことになる。

住宅ローンを組むためには、一定の課税所得が必要になる。所得を高くするため、経費をまったく使えない。そのため、所得税や住民税、国民健康保険料が上がり、それらの税金の支払いに苦しんだ。

「国に殺されるかと思いました」(澤田氏)

一方、技能実習生の賃金はたしかに高くないが、まともな実習先では、社会保険や税金、家賃をのぞくと手取りが最低10万円ほどはある。

ベトナムの農村部では、月収が日本円で2万円程度。つまり5倍になる。単純に計算しても、日本での月10万円は、ベトナム農村部での月50万円相当だ。ひと月で農家の2年分の収入に相当する。同じ10万円でも、日本とベトナムでは価値が違う。

「住宅ローンを組むために税金が高くなり、家計簿を付けはじめましたが、使えるお金はほとんどなかった。そんな中で、技能実習生を取材していました。彼らに『いくらほしいのか?』と聞くと、『月15万円ほしい』と答える。僕だって、そんなに自由に使えないのに・・・」(澤田氏)

●劣悪な労働というババはある

ベトナムでは、日本の技能実習生の募集広告が貼られている。

本書には、澤田氏による、日本人の金銭感覚に換算した数字が書かれている。それによると、《技能実習生大募集 3年で1500万円〜2500万円の貯金のチャンス!労働期間3年(最大5年) 参加費用500万円 業務内容;誰でもできる仕事 条件;健康な男女 入れ墨なし 注意事項;採用後、半年間の外国語トレーニングを実費で受けること。途中で逃げ出さないこと》というものだ。

「うまくいけば、参加費用500万円を3年後に返したうえで、1500万の貯金ができるのです。日本での期間工のような話ではないのです。そもそも、ギャンブルみたいな話なんですよ。だからこそ、悪徳ブローカーに騙されて、劣悪な労働というババを引いたとき、失踪する人が出てきます」(澤田氏)

技能実習生といえば、劣悪な労働環境のことが注目される。法務省によると、技能実習生の失踪者は3%前後。それほど多いわけではない。ただ、そのババを引かせず、失踪者を防ぐ手はあると澤田氏はいう。「韓国のようにすればいい」

本書では、韓国の類似制度についても取り上げている。1991年に「海外投資企業研修制度」をつくり、一定の業種に限定し、単純労働外国人を受け入れた。1993年には中小企業を対象にした「産業研修生制度」を取り入れた。しかし、失踪者が相次いだことで、2004年、雇用許可制を導入した。国が外国人労働者を一括管理することで、ブローカーを排除した。

つまり、中間搾取がないのだ。「日本でもできない話ではありません。でも、国にまったくやる気がない。なぜか。票にならないからです」(澤田氏)

日本でも若年層の減少や働き方改革、コロナ禍によって、働き方が変化し、適正な労働配置が難しくなってきている。そんな中で、単純労働者を外国から受け入れる。

日本からすれば、労働不足解消なのだが、ベトナムやフィリピンなどからすれば、短期間で大きな貯金ができる夢の制度でもある。そんな側面について、澤田氏は「ちゃんとした記録を残したかった」と淡々と話した。

【プロフィール】澤田晃宏(さわだ・あきひろ) 1981年兵庫県神戸市生まれ。ジャーナリスト。NPO法人日比交流支援機構理事。高校中退後、建設現場作業員、男性向けアダルト誌編集者、「週刊SPA!」(扶桑社)編集者、「AERA」(朝日新聞出版)記者などを経てフリー。外国人労働者を中心に取材、執筆活動を続けている。

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