シルクロードに憧れて ロシアでの仕事を模索
「弁護士は法律という基盤があるのが強みです。基盤が固いので、その上になんでも乗せられるんですよね」
2008年にロシアへ渡り、2010年からPwC Russiaで現地の日本企業のビジネスコンサルティングに従事してきた松嶋希会氏は語る。
「特に、日本の弁護士の土台の強さは、日本ならではですよね。ロシアでは誰が法律サービスをやってもいいので、質は千差万別なのですが、日本の弁護士は法律の専門家としての資質が保証されていますから」
10年以上CIS諸国で生活してきた松嶋氏の原点は、シルクロードだった。
「小学生の時に、『NHK特集シルクロード』という番組が大好きで。それで中央アジアやサマルカンド、ウイグルなどに興味を持ったんです。また、旅が好きで、いつかシベリア鉄道で旅行したいなと思っていました」
大学で就職活動の時期を迎えた4年生の時、ロシアや中央アジアで専門性を持って働きたいと思い立ち、大学を卒業してから司法試験の勉強をスタートさせた。
「2001年に弁護士登録したのですが、日本の実務を学びながらお金をためて、それからロシアに留学しようと思っていたんです。
ただ、ロシアだけじゃ応用がきかないと思ったので、まず、ロシアと関係の深そうなヨーロッパやEUを知るために、イギリスへ留学しました」
数々の偶然が引き寄せた ロシアでの新たなキャリア
当時は、ロシアに拠点を置く日本人弁護士はゼロ。ロシアで弁護士として働ける可能性は低かった。
「そんな時、日弁連がウズベキスタンでの法整備の可能性を検討したことがあるという話を聞いたんです。
そこで、日弁連がウズベキスタンに送った調査団に参加していたという先生にイギリスからFAXを送ってみたんです。すると、やっぱりその話は進まないという結論だった。ただ、JICAが主催している法整備支援関係の研修があることを教えていただいたんです。
ちょうどイギリスからロシアに留学するまで数ヵ月間空いていたので、研修に参加することにしました」
その研修で、松嶋氏はJICA・法務省で開始されるという「ウズベキスタンにおける倒産法のJICA法整備プロジェクト」の法務省担当者と、偶然の出会いを果たした。松嶋氏は、倒産法を専門としていたこともあり、あれよあれよという間にプロジェクトチームの一員に収まってしまった。
「プロジェクトでは、1年ほど大阪とウズベキスタンを行き来して倒産法の注釈書をつくり、その後の1年半は、たった1人の現地専門家としてウズベキスタンの各地を回って倒産法のセミナーを開催しました。
将来の法律家の人たちが、倒産法とはどんなものかを勉強できるように、使いやすいものをつくることはもちろん、図書館や書店への配布・ディスプレイも広く行ないました」
プロジェクトがひと段落ついたころ、松嶋氏は念願だったロシア・サンクトペテルブルグへと飛んだ。
「サンクトペテルブルグでは、大学の授業を見たりして1年ほど過ごしましたが、2008年のリーマンショックで経済がすごく落ちこんでしまったんです。
それで外国人弁護士の労働許可がとれなくなり、職探しのためにモスクワに移ったんです」
モスクワに移ってからは、インターンとして2つのイギリス系の法律事務所に3ヵ月ずつ勤めた。
「そこで感じたのが、日本企業の仕事があまり多くないということと、法律事務所では法律の部分しか見えないということです。
そもそも日本企業がロシアでどんなビジネスをやっているのかを知りたいと思うようになりました」
そう思い始めたころ、日本人弁護士を必要としているロシア企業の一人と偶然の出会いがあった。
それが、現在勤めているPwC Russiaでのちに上司となる人物だった。
経営判断は法務だけではない 日露ビジネスを創り出す
「日本企業は、他のどの国の企業よりもコンプライアンスが厳しく、法務に関する問い合わせが多いんです。そこで、日本とロシア双方の法律に詳しい日本人を探していたようです」
総合ビジネスコンサルティング会社であるPwC Russiaでは、法務、税務、会計、監査、企業調査、事業鑑定、M&Aアドバイザー業務、産業分析等、ビジネス全般に関するサービスを提供している。
松嶋氏はその中で、日本企業部門の担当としてロシア、ウクライナ、カザフスタンなどのCIS諸国にある日系企業を担当している。案件や工程によってロシア人ら現地担当者は交替していくが、松嶋氏は窓口として最初から最後まですべての業務に関与する。
「日本人って経済の好不調にかかわらず、ロシアに対して否定的ですよね。駐在の方がいいプロジェクトを見つけてきて日本の本社に上申しても、ロシアというだけでダメになることもあります。
しかも、日本企業にとってロシアビジネスは後回しにされがちで、ロシア担当は慢性的に人手が足りないんです。そのため、企業の中に入って手伝うこともあります。
『松嶋さんが手伝ってくれるならできそうだ』と言われると、『なんとかやりましょう!』と言ってしまいますよね(笑)」
ロシアは親日国なので、ロシア企業から日本企業と組みたいという話も少なくないという。その場合は、松嶋氏が日系企業に話を持っていくこともある。
「そうやって、ロシアと日本のビジネスをつくるところから入れるというのが今の仕事の魅力です。日本では、弁護士がやることではないでしょうが、法的リスクを理解している弁護士が初期段階から関与していく意義は大きいのではないでしょうか。
ロシアをはじめ、諸外国で日本人弁護士として働くというのはキャリアとしては冒険ですけど、一つの選択肢として考えてみてもいいと思います。
もし、ロシアでの仕事に興味があればサポートしますので、ぜひ一緒にがんばりましょう」
Profile|弁護士 松嶋希会氏
慶応義塾大学卒業後、2001年に弁護士登録。2003年に英国留学、2005年から2008年までウズベキスタンJICA法整備支援に専属で従事。2009年ロシア留学、2010年から現在までPwC Russiaに勤務。