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「心神喪失」になると、なぜ無罪なの?
刑法第39条1項は、「心神喪失者の行為は、罰しない」としている

「心神喪失」になると、なぜ無罪なの?

神戸地裁で5月下旬に下された傷害事件の判決で、無罪判決が言い渡された。被告人の男性会社員は、神戸市内の公園で男性2人に重軽傷を負わせたとして、傷害罪で起訴されていた。しかし神戸地裁は5月28日、「犯行時は熱中症による急性錯乱状態で、心神喪失だった可能性がある」として無罪としたのだ。

報道によると、会社員は昨年9月、フェリーに乗り遅れて野宿をすることになったという。このとき、かばんを盗まれた会社員は2日間まともな食事と睡眠をとることができなかった。そして、たまたま神戸市内の公園に居合わせた男性2人を殴る蹴るなどして重軽傷を負わせたという。犯行当日は気温が28度で、湿度が60~80%だった。

男性会社員が無罪になったのは、心神喪失により「刑事責任能力」がなかったと判断されたためだが、そもそも「心神喪失」とは何か。また、なぜ「無罪」となるのだろうか。判事や検事の経験があり、刑事事件に詳しい和田丈夫弁護士に聞いた。 

●「心神喪失」とは何か?

まず前提として、刑法は「心神喪失者の行為は、罰しない」(39条1項)と定めているが、心神喪失はどのような状態を指すのだろうか。

和田弁護士は「心神喪失とは、罪を犯した者が、ものごとの是非や善悪をわきまえて行為する能力を有しない状態のことです」と話す。たとえば、精神に障害のある人などがこれにあたるのだが、具体的には、専門家の鑑定などによって判断される。

では、なぜ「無罪」となるのだろうか。

「犯罪の成立には有責性、つまり、『責任能力』が必要となります。そして、刑法では心神喪失者は『責任能力を欠く』としているのです。

ですから、たとえ罪を犯したことが明らかな者でも、裁判で心神喪失者の行為、あるいは今回のケースのように心神喪失中の行為と認められると、『無罪』の判決が下されます。捜査段階であれば、不起訴処分になるでしょう」

●なぜ「罰せられない」のか?

たしかに、形式的には「無罪」となるようだが、そもそもなぜ「心神喪失者」は罰せられないのか。和田弁護士は「それは刑罰の目的論でしょう」と重ねて解説を加える。

「ある説明では、心神喪失者に対しては、刑罰という『制裁』を科して社会的に非難することはできない、と説いています(道義的責任論)。

また、別の角度の説明では、刑罰の目的は、犯罪をおこなった者に対して、ふたたび犯罪をおこなわないよう改善教育を施して社会復帰させることにある、とされています(特別予防主義・教育刑主義)。

後者のような改善効果を期待するには、当の行為者自身がものごとの是非や善悪をわきまえており、刑罰という措置を理解できることが前提となりますが、心神喪失者はこの前提を欠くから罰することができない、ということでしょう」

和田弁護士も「刑法の難しい問題の一つでしょう」と話している。罪を犯した人を罰する理屈について、いま一度、立ち止まって考えてみることは無駄ではないだろう。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

和田 丈夫
和田 丈夫(わだ たけお)弁護士 和田丈夫法律事務所
判事、検事、弁護士経験のある「法曹マスター」。弁護士になってからは「マチ弁」に徹し、地道な法律サービスに努めている。

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