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「日本の司法を変えないといけない」ノーベル賞・中村教授の「苦言」への弁護士の反応
日本の司法制度は「保守的」なのだろうか

「日本の司法を変えないといけない」ノーベル賞・中村教授の「苦言」への弁護士の反応

「日本の司法制度を変えないといけない」――。青色発光ダイオード(LED)の開発で、今年のノーベル物理学賞の受賞が決まった米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授・中村修二さんがこのように苦言を呈して話題を呼んだ。

共同通信によると、中村さんは、「米国の司法が『正義』に基づくとしたら、日本は『より多くの人の利益になるかどうか』で判断が決まるとし、『ベンチャー(育成)をやるにしても日本の司法制度をまず変えないといけない』とコメントした。

そんな中村さんは、青色LEDの発明対価をめぐって、開発時に所属していた企業と裁判をしたことで知られている。この裁判で東京地裁は2004年、発明の対価として200億円を支払うよう企業に命じた。ところが、企業側の控訴を受けて、東京高裁は企業側が中村教授に約8億円を支払う和解案を勧告。最終的には、その案で和解成立となった。

中村さんは和解の直後、「裁判所は、大企業中心の現状を維持する判断を下した」「裁判所が保守的である限り日本は何も変わらない。技術者が全員海外に出ていって、日本がおかしくなるまでは真剣に考えないんじゃないか」と語っていた。

現在アメリカにわたって研究を続けている中村さんがいうように、日本の司法制度は「保守的」なのだろうか。弁護士ドットコムに登録している弁護士に、中村さんの意見に「同意できる」かどうかを尋ねた。

●賛否が真っ二つに

弁護士ドットコムでは、上記のような質問を投げかけ、以下の3つの選択肢から回答してもらった。

1 中村さんの意見に「同意できる」→6票

2 中村さんの意見に「同意できない」→5票

3 どちらでもない→2票

13人の弁護士から回答が寄せられた。最も多かったのは、<中村さんの意見に「同意できる」>の6票だった。<中村さんの意見に「同意できない」>は5票だった。
以下、弁護士9人が自由記述欄に書き込んだコメントの全文を紹介する。

●中村さんに「同意できる」という意見

【西口 竜司弁護士】
「職務発明の問題については様々な意見があるのは承知しておりますが、特許法の目的は、『発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与』することにあります。
有能な研究者が会社の施設を使って素晴らしい発明をすることこそが会社にとっても有益であり、また、日本国にとっても有益なはずです。そして、素晴らしい発明をするためには,研究者のモチベーションを維持する対価を支払うことに意味があるかと思います。その意味で中村教授の提言に同意します。
蛇足ですが、職務発明の帰属を法人にするという特許法の改正は時代に逆行したものであり反対です」

【大貫 憲介弁護士】
「日本の司法・法曹は、権力、権威寄りであり、しかも、その自覚に欠けています。企業対個人の案件であれば、基本的に、企業よりの判断が出る傾向があります。国対個人の案件で、個人が勝つことはとても難しいのが現実です。日本人対外国人であれば、日本人が有利です(アメリカ等、一部有力国籍は別)。
これは、保守的かどうかとは別の問題だと思います。法曹教育において、自らの差別意識、権威主義を点検することを指導しない限り、以上の傾向は変わらないと思います」

【居林 次雄弁護士】
「司法制度の欠陥は、是正すべきものと思われます。
中村さんの発明は、裁判所に高く評価されて、今までにない高い金額を会社から中村さんに、支払うように一審で判決されました。
そのまま確定すればよかったのでしょうが、企業が高裁に控訴したので、控訴審の和解では低い金額を支払えば済むという結果になりました。
これは司法の欠陥といえるでしょう。中村さんの批判はごもっともです」

【伊佐山 芳郎弁護士】
「筆者は、嫌煙権訴訟とたばこ病訴訟の主任代理人を務めたが、裁判官が、ニコチンの依存性と喫煙と肺がんとの因果関係についての国際的知見に明らかに反する判断を堂々としたのには驚かされた。また、最近担当した行政事件で、裁判官が行政側にべったりの姿勢を露骨に示すひどい判決をなしたことに愕然とした。日本の裁判所は、国策裁判では、最初から国側、行政側あるいは大企業を勝たせる結論にしているのではないかと忖度したくなる。
瀬木比呂志元裁判官は、『絶望の裁判所』(講談社現代新書)の中で、『裁判所が、行政や立法等の権力や大企業等の社会的な強者から国民、市民を守り、基本的人権の擁護と充実、人々の自由の実現に努めるという「大きな正義」については、きわめて不十分にしか実現されていない』とし、『私は日本の裁判所、裁判官(中略)、マジョリティーとに、深く失望、絶望している』と慨嘆しておられる。
筆者は、個人的には、人間的にも法律家としてもすぐれた裁判官を知っている。しかし、正義感と識見が備わっている裁判官は少ないといわざるを得ない。中村さんの日本の裁判所に対する落胆と怒りは理解できる」

●中村さんに「同意できない」という意見

【河内 良弁護士】
「『陪審員の気分次第で判決が変わり、しかも判決理由を明示する必要もない司法』が正義というのは、どう考えてもおかしいです。
日本の司法制度に問題がないわけではありませんが、そもそも、裁判で負けたと思っている人は、大抵は『あの裁判はおかしい』と思うものです。
なお、和解で決着している(=裁判所は何も「判断」していない)事件について、『判断がおかしい』というのは、違和感がありますね」

【湯本 良明弁護士】
「中村氏の訴訟は高裁にて和解成立で終了しているため、高裁がどのような理由から和解勧告を行ったか定かではないが、第一審の判断より中村氏に不利な心証を開示したことは間違いないと思われる。そのような心証開示を受けて、中村氏は高裁の判決をもらうことなく和解に応じたのであるから、『裁判所は、大企業の現状を維持する判断を下した』という中村氏の批判は当を得たものではないだろう。
また、米国の司法が『正義』に基づくもので、日本の司法は『より多くの人の利益になるかどうか』で判断が決まるという批判も、一面的かつ極端である。米国でも誰もが首をかしげる判決は無数にあるだろうし、日本でも少数派を勝たせた判決もあるし、大企業に不利な判断を示した判決もある。
中村氏の発言は大きく取り上げられたが、それは高裁で不利な判断を示され、渋々和解したであろう自己の経験が大きく影響した発言であり、それを以って日本の司法全体が保守的であると決め付けるのは行き過ぎというものである」

【岡田 晃朝弁護士】
「そもそも中村氏の意見が裁判所に対する批判になるかどうか疑わしいです。
おそらく自身の和解経験と、立法問題や政策問題とを混同して、感情的発言をしているのであると思われます。
『裁判所は、大企業中心の現状を維持する判断を下した』としますが、和解である以上、判断はしていないでしょう。
また、そもそも裁判所は、存在する法規を適用する機関であり、それ以上のことは、立法府に対して要請するものではないかと思われます。
主張内容にしても『技術者が全員海外に出ていって、日本がおかしくなるまでは真剣に考えないんじゃないか』とありますが、これも一面的な見方です。
ハイリスクであるが、ハイリターンが見込めるからこそ企業は多額の研究資金をかけるのであり、これがローリターン(研究者に多く取られる)ならば、青色LEDの研究に着手する費用自体が支出されていなかったかもしれません。
このように考えていけば、むしろ、ごく一部の研究者に多額の報酬を偏らせることは、企業の研究開発を阻害するとみることもできます」

●「どちらでもない」という意見

【濵門 俊也弁護士】
「当職は、今回の問題は『我が国の司法が保守的である』とか『司法制度を(米国流に)変えるべき』といった話ではなく、『基本的に政治で解決すべき問題』であると考えています。
『司法』というのは、法を解釈適用し、紛争を解決する国家作用である以上、多くの限界があります。
さて、中村先生の発明は、私たちの生活を激変させたばかりか、まだまだ可能性を秘めている素晴らしいものです。ただ、中村先生の報酬の計算方法が経済的合理性を有するかどうかは少し立ち止まって考えてもよいと思います。その際の視点は、『生存バイアス』です。これは、脱落あるいは淘汰されていったサンプルが存在することを忘れてしまい、一部の「成功者」のサンプルのみに着目して間違った判断をしてしまうというものです。
研究者のイノベーションは、数えきれない失敗のうえに成り立っているはずです。これを一私企業(とくに中小零細企業)に押し付けていいのか、むしろ、日本国として支援等を含め国家的なプロジェクトとして取り組むべきではないかといった点をもう少し考えてみてもよいのではないでしょうか」

【梅村 正和弁護士】
「中村氏が米国の司法制度と比較して、あたかも日本の司法制度が劣っているかのような印象操作をしている点に違和感があります。
アメリカであれば、そもそも会社と研究者との間で特許について事前に契約で取り決め、訴訟ではこの契約どおりか否かが争われることになると思われます。
しかしながら、中村氏は、当初からこのような契約を会社と交わしていません。なので、会社が中村氏にいくら報酬を払うのが適当なのかを判断する具体的基準が何もないところに、報酬を判断しろと日本の裁判所に申し立てたことになります。
つまり、問題の根本は、日本の司法制度ではなく、会社と研究者(従業員)との関係をあいまいにしてきた商慣習ということになるので中村氏の日本の司法制度批判は筋違いということになるのかもしれません。
会社としては中村氏の研究成果が何もなかったときでも給与やボーナスを払い続けたというリスクを負っていたわけで、反対に、中村氏は給与とボーナスを確実に得られるという保証の下で研究できた利益があり、日本の裁判所はこれら双方の利益やリスクを総合的に考慮して判断することになるのは当然と言えば当然ではないでしょうか」

【編集後記】今回のアンケートは、弁護士の間でも、大きく意見が分かれる結果となった。

アンケートに回答した13人の弁護士のうち、6人が<中村さんの意見に「同意できる」>と回答し、5人が<中村さんの意見に「同意できない」>と答えた。<どちらでもない>という意見は2人だった。

<同意できる>と回答した弁護士からは、「日本の司法・法曹は、権力、権威寄りであり、しかも、その自覚に欠けている」という意見が出ていた。

一方、<同意できない>と答えた弁護士の一人は、「日本でも少数派を勝たせた判決や、大企業に不利な判断を示した判決もある」と中村さんに反論した。

また、<どちらでもない>と答えた弁護士からは、「基本的に政治で解決すべき問題だ」という指摘があった。

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