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日本の「刑法」は被告人に甘いのか? 「黒子のバスケ事件」から考える
法律に基づいて裁くのが裁判所だ

日本の「刑法」は被告人に甘いのか? 「黒子のバスケ事件」から考える

人気マンガ「黒子のバスケ」をめぐる連続脅迫事件で、威力業務妨害罪に問われた被告人に、東京地裁は求刑通り「懲役4年6月」を言い渡した=9月1日に控訴=。

被告人は、「黒子のバスケ」作者の出身大学に硫化水素入りの容器と脅迫文を置いたほか、ニコチン入りの菓子と脅迫文をコンビニに送りつけて商品を回収させたなどとして、5つの事件で威力業務妨害罪に問われていた。

●「量刑が軽すぎる」という声も

この「懲役4年6月」は、今回の裁判で考えられる最大の刑だ。つまり、今回は裁判官がどんなに刑罰を重くしようとしても、4年6月が限度だった。そうなる理由は、日本の刑法の「併合罪」という考え方にある。

併合罪とは、裁判で確定していない2個以上の罪がある場合、それらの罪をひっくるめて量刑を考えるということで、科せられる刑罰は最大で「法定刑の上限の1.5倍」までとされている。

威力業務妨害罪の場合、法定刑が「3年以下の懲役または50万円50万円以下の罰金」のため、たとえ5個の罪があっても3年の1.5倍、つまり4年6月が最大になるわけだ。

しかし事件が社会を大きく揺るがせたことや被告人が反省していないように見えることから、ネットでは「懲役4年6月は軽すぎる」といった意見が数多く見られた。

また、海外の法律にくわしい清原博弁護士は、8月下旬に出演したTOKYO MXの情報番組「モーニングCROSS」で、「被告人は5件の犯罪で起訴された。1件ごとにみれば、最高3年×5件で15年だ。アメリカではすべて合算して、昨年は1000年という判決が出ている」などと説明。「日本の刑法は甘い」と指摘した。

複数の犯罪をおかした場合の量刑について、日本の刑法は「甘い」のだろうか。それとも「甘くない」のだろうか。弁護士ドットコムの登録弁護士たちに意見を聞いた。

●「被告人に甘い」はゼロ

弁護士ドットコムでは、上記のような質問を投げかけ、以下の3つの選択肢から回答してもらった。

1 日本の刑法は被告人に甘い→0票

2 日本の刑法は被告人に甘くない→7票

3 どちらでもない→5票

12人の弁護士から回答が寄せられたが、<被告人に甘い>という意見はゼロだった。

もっとも多かったのは、<被告人に甘くない>の7票だった。

以下、弁護士4人が自由記述欄に書き込んだコメントの全文を紹介する。

●日本の刑法は「被告人に甘くない」という意見

【秋山 直人弁護士】

「今回の事件では、人が死んだわけではなく、3年×5件=懲役15年という判決は、余りに重すぎるでしょう。

併合罪の場合には重い罪の刑の長期を1.5倍するという処理は、妥当な範囲だと思います。

余りに長い期間刑務所に閉じ込めてもそれこそ税金がかかるだけで、受刑者の社会復帰もより難しくなり、再犯率も上がるのではないでしょうか。

刑罰を決めるにあたり、応報感情を余りに重視することは、刑事政策的に妥当でない結果を生むように思います」

【濵門 俊也弁護士】

「併合罪の処理(法定刑の1.5倍の刑に加重すること)について、被告人に甘いと考える日本の法曹は少数派でしょう。当職も、我が国における刑法の成立過程(古代日本における「律」や大陸法の影響)、条文の構造(保護法益や法定刑の規定のあり様)等をふまえたとき、併合罪の処理は相当であると考えます。

そもそも、量刑の本質は、『被告人の犯罪行為に相応しい刑事責任の分量を明らかにするところにある』ととらえるのが我が国の一般的な考えであり、実務です。

例えば、被告人についての主観的・情緒的な評価がそこに影響してはならないものなのです。『本件被告人のような人物に対する刑罰として懲役4年6カ月は軽すぎる』という意見などはその典型例ですが、一法曹としてそのような意見に与するわけにはいかないのです」

【山田 公之弁護士】

「併合罪の規定は、罪の数だけではなく、犯人の人格態度にも配慮しています。裁判所が犯人に刑罰を宣告して戒めたり、刑務所に入れて矯正するまでは、同じ人格が複数の罪を犯した状態なので、単純に罪の数に比例して刑罰を課すのではなく、1つの人格態度に対する非難として、最大1.5倍の割り増しにとどめて罪の数と人格態度に対する非難のバランスをとっていると思います。

罪の数については、民事上は損害賠償額は単純合算になりますので、そちらの方である程度配慮されています。また、投資詐欺や常習窃盗なんかを考えればわかりますが、犯人が極めて多数の罪を犯している場合は、一部だけ起訴して終わらせることがよくあります。

私は、証拠がしっかりしている事件や重大な事件をピックアップして起訴することは迅速かつ確実な処罰のために合理性があると考えていますが、刑罰を罪数に比例させようとすると、このような便宜的な扱いがしにくくなりかえって刑事司法作用に支障が生じると思います」

●「どちらでもない」という意見

【中村 剛弁護士】

「本件についていえば、懲役刑は妥当な範囲だったと考えます。

刑罰は、基本的には犯した行為に対して科せられます。確かに、挑発的な態度を取るなど、マスコミを大いに賑わせて腹立たしく思っている方も多いでしょうが、犯した行為そのものが、他と比べ、例えば懲役15年も科すような事案だったとは思えません。

仮に、今回の被告人が、1回しか威力業務妨害を行っていなかった場合、皆さんは3年が妥当だと考えるでしょうか?それでもやはり『もっと重くすべきだ』と答えるでしょう。問題の本質は併合罪の処理法にはないと思います。

また、本件の被告人は懲役刑になることをむしろ望んでいることからすると、重い処罰を科したところで、被告人は喜ぶだけでしょう。それでは解決になりません。

ただ、一般的にいって、併合罪による上限が1.5倍ということが妥当なのかは考える余地があると思います。なぜ2倍、3倍ではいけないのか、という点はもっと議論してもいいと思います。個人的には、アメリカほどではなくても、もう少し重くするのはありうると思います」

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