STAP細胞論文の不正問題を受けて、理化学研究所が8月27日に発表した「研究不正再発防止をはじめとする高い規範の再生のためのアクションプラン」。
理研はこのアクションプラン(行動計画)で、「社会のための理研改革」を掲げ、「ガバナンスの強化」や、STAP研究の舞台となった発生・再生科学総合研究センターの「解体的な出直し」、「研究不正防止策の強化」を行い、それらがきちんと実施されているかどうか、「第三者による監視」を実施すると宣言している。
STAP問題で失った信頼を取り戻せるかどうかは、これにかかっているといえそうだが、プランの中身を弁護士はどう見るのだろうか。大阪工業大学知的財産専門職大学院で客員教授をつとめる冨宅恵弁護士に解説してもらった。
●研究には「自由・裁量が不可欠」
「今回発表されたアクションプランはあくまでも骨格的なもので、とても抽象的な書き方がされています。しかし、理研が伝えたい『根本的な訴え』は、ひしひしと伝わってくる内容です。私も大学で、教授職を拝命している立場の人間として、肌身にしみいる感じがします」
冨宅弁護士はこのように切り出した。その「根本的な訴え」とは何だろうか。
「それは、研究活動の基本が『自由』にあること。つまり、研究者の自由や裁量が確保されていなければ、よい研究成果を得ることはできないということです。
真理の発見や探究を目的とする『研究の自由』は、憲法によって保障された権利です。そして、この権利を意味のあるものとするためには、研究者に『職務上の独立や身分を保障すること』が必須です。
今回のアクションプランに目を通す際には、常にこの点を意識しておく必要があるでしょう」
研究者に自由にさせたから不正が起きたと、一般には考えられているのではないだろうか?
「たしかに、いま理研に対する社会の目は、『研究者の暴走を抑止する』という方向に強く向いています。
しかし、今回のアクションプランには、研究者や各組織に自立性を与えて、研究者が自由に活動することができる環境をつくるという趣旨の記載が、何度も出てきます。
これは、一見おかしく思えるかもしれませんが、仮に『研究不正のリスクを完全になくす』ため、研究者の自由や裁量を極端に狭めてしまえば、研究がうまくいかなくなる。そうなれば、本末転倒だということを、理研がきっちりと意識していることのあらわれでしょう」
●不正対策の柱は「研究倫理の向上」
そのようなスタンスで、不正対策は十分なのだろうか?
「今回のアクションプランでは、『研究者を中心とした全職員の倫理向上』が、研究不正を最小化するために、最も重要なことだとされています。
そして、『不正防止対策のツールの提供や、法令・規程を守るように指示すること、違反者に処罰をすること』は、あくまで補完的な方策だと位置づけられています。
どのような対策も、故意や害意をもって行われる不正行為に対しては無力です。処罰は、一定程度の抑止力を発揮しますが、これも万能ではありません。
そうしたことを考えると、不正行為の抑止は、究極的には、ひとりひとりの研究者の意識に委ねざるを得ないところがあります。このアクションプランの考え方は誤っていないと思います」
研究者の倫理観を向上させるための、具体的な手段は?
「研究者の倫理観は、そもそも、ゆっくり時間をかけて、養い育てるものです。理研は今回、これまでの取組みが、個別断片的であったことを素直に認めたうえで、今後は倫理教育や研修を体系的に行い、受講の徹底化を図るとしました。
そのための主な対策は、次の4点です。
(1)研究倫理の基本教育プログラムを導入し、5年ごとの受講を義務付けること
(2)研究主催者が、不正防止の指導・教育を積極的に行うよう、『管理職研修』をおこなうこと
(3)研究主催者の指導・教育内容を明確にして、研究倫理教育責任者が統括・点検すること
(4)専門家による講演や、少人数のグループディスカッションを定期的に行い、その受講状況を可視化すること」
処罰は軽視されているのだろうか?
「そんなことはありません。今回のアクションプランでは、今回のSTAP論文で不正認定された人に対して、厳重な処分を行うことがあらためて明記されています。
理研では、すでに二つの研究不正を認定しており、世間は『処分』に注目しています。
理研としても、過去の清算なくして信頼回復はありえないとの考えのもと、あえて研究不正に関与した研究者の処分について、言及しているのだと思われます」
●過去の清算は・・・?
「過去の清算という意味では、関係者の処分だけでなく、『発生・再生科学総合研究センターの解体的な出直し』もそうです。
同センターを『多細胞システム形成研究センター(仮称)』として再出発させること、新センター長を選任すること、研究グループ、チームの一部を他センターに移すことが示されています。
さらに、シニア研究者を中心としたトップダウン型の研究でなく、若手、中堅の研究者を中心としたボトムアップ型の研究を行うべく、研究プログラムの再編を行うとされています」
こうした対策を、どこまでやり通せるかは、未知数なのでは?
「もちろん、そうです。プランはあくまで骨格にすぎず、今後、外部の意見も取り入れて改善されていくことになっています。しかし、それでも、アクションプランの各対策にはきちんと『工程』が示され、プランを確実に実施していくという、強い決意が見て取れました」
冨宅弁護士はこのように期待の言葉を述べていた。今後、理研が国民の信頼を取り戻すためには、まず今回のプランをしっかりと実行していく必要があると言えそうだ。