電車が進入する直前の駅ホームから、駅員を突き落としたとして、会社員の男性が2月下旬、殺人未遂の現行犯で逮捕された。報道によると、事件が起きたのは、JR上野駅。当時、男は酒に酔っており、一緒にいた父親が駅員から胸倉をつかんで揺するなどの暴行を受けていると勘違いしたのだという。
駅員が非常停止ボタンを押していたため、電車はホーム手前で停止した。幸いにも駅員は軽傷ですんだが、一歩間違えれば大惨事になっていた可能性もある。「勘違いだった」では、すまされない話だろう。
ところで一般論として、家族や友人が暴行を受けているところを目撃したら、それを助けようと思うのは普通の心理とも言える。もし仮に、そんな勘違いをして、第三者に暴行を加えてしまった場合、罪に問われるのだろうか。刑事事件にくわしい中島宏樹弁護士に聞いた。
●暴行が本当ならば「正当防衛」が成立しうるが・・・
「まず、仮定の話として、もしも父親が本当に駅員から暴行を受けていたら、という場合を考えてみましょう」
中島弁護士はこう切り出した。
「そのような場合は、正当防衛(刑法36条)が成立する可能性があります。
父親が駅員から受けていた暴行の程度と助けるために行った反撃の程度を比較して、防衛のために『やむを得ずにした行為』と認められれば、正当防衛が成立して、罪に問われません。また、反撃の程度が度を越えていた場合でも、『過剰防衛』として、刑が任意的に減免される可能性があります」
つまり、本当に父親が暴行を受けていて、救おうとしたのであれば、たとえ駅員を突き飛ばしたとしても、正当防衛として無罪になりうるというわけだ。
では、実際には暴行を受けていないのに、父親が駅員から暴行を受けていると「誤信」していた場合は、どうなるのだろうか。
「父親を助けるために駅員に相当な反撃を行うことは、普通の心理ですので、故意、すなわち『罪を犯す意思』があるとはいえません。そして、故意がない以上、罪に問われることはありません(刑法38条1項参照)」
●反撃が「過剰」だった場合はどうなるか?
だが、線路に突き落とすことは、反撃として「相当」とはいえないのではないか。
「反撃が過剰であったとしても、反撃の程度が過剰であることを分かっていなければ、やはり故意があるとはいえないので、罪に問われることはありません。しかし、反撃の程度が過剰であることを分かっていた場合は、解釈に争いはありますが、犯罪が成立すると考えられています。
しかし、そのような場合でも、やはり解釈に争いはありますが、さきほど述べた『過剰防衛』に準じて、刑が任意的に減免される可能性があります」
このように説明したうえで、中島弁護士は今回の事件について、次のような見解を示す。
「本件において、逮捕された男性は、父親が駅員から暴行を受けていると誤信しており、助けなければいけないと思っていました。
しかし、そうであったとしても、胸倉をつかんで揺するなどの暴行と比較して、電車が進入する直前の駅ホームから駅員を突き落とすという反撃はやり過ぎといえます。また、通常であれば、胸倉をつかまれ揺すられている父親を助けるために、電車が進入する直前の駅ホームから駅員を突き落とすことは、やり過ぎであることを分かっていると思われます。
したがって、殺人未遂罪が成立し、そのうえで、刑の任意的減軽の対象となる可能性が高いと思います」
ただ、報道によれば、駅員を突き落したとき、男性はかなり酒に酔っていたようだ。そんな点は考慮されないのだろうか。
「酒に酔っていたのであれば、酔いの程度によっては、責任能力がないとして無罪になるか、責任能力が限定されていたとして刑が減軽される可能性も、捨てきれません(刑法39条参照)」
このように中島弁護士は、責任能力の観点から、無罪となる可能性があることを指摘していた。今回は、駅員が軽傷ですんだのが不幸中の幸いだった。逮捕された男性も、酔いから覚めたときに、「最悪の事態にならなくて良かった」と胸をなでおろしたことだろう。