昨年6月に世界文化遺産に登録された富士山は、その美しい姿とは裏腹に「活火山」としての一面がある。最後に大噴火を起こしたのは約300年前で、以来沈黙を続けているが、「いつ噴火してもおかしくない」と言われ続けている。
静岡、山梨、神奈川の3県と内閣府などがつくる「富士山火山防災協議会」は2月上旬、富士山の噴火を想定した広域避難計画を初めてとりまとめた。仮に、約300年前と同じ規模の噴火が起きたとしたら、火山灰による避難の対象となる住民は47万人と推定されている。それとは別に、溶岩流が到達するとみられる静岡・山梨両県の避難対象者は75万人にのぼるという。
協議会では、富士山の噴火時に想定される被害や防災対策等を踏まえた「火山防災マップ(ハザードマップ)」を、火山専門家も交えて作成し、配布している。このマップの「被害想定地域」に自宅が含まれていたら、災害への恐怖でそこから移住したくなるかもしれない。そうした場合、マップを作った専門家に「引っ越し費用」を請求できるのだろうか。伊藤隆啓弁護士に聞いた。
●マップの狙いは「火山との共生」「非常時の安全確保」
「結論を言いますと、請求はできません」
伊藤弁護士はこう明言した。なぜだろう。
「火山防災マップは、災害時の住民避難や防災対策に必要な情報を提供するものです。その作成にあたっては、風評被害など無用な混乱を防止し、火山といかに共生を図っていくかといったことが念頭に置かれています。
そして、このマップは、引っ越して避難することまで求めているわけではありません。あくまで火山と共生しながら、いかに非常時に安全を確保するかを考えてもらうために作成されています。
したがって、火山防災マップを見て、どのように対応するかは、国民一人一人の判断と責任に委ねられるべき問題です。仮にその人が移住することを決めたとしても、引越し代という『損害』と火山防災マップによる『情報提供』との間に、因果関係があるとはいえません」
伊藤弁護士はこのように強調する。
「そもそも、富士山火山防災協議会は、国、都道府県、市町村が中心となって設置された組織で、火山専門家はそれに協力する立場にすぎません。個々の火山専門家に対して引っ越し費用を請求するのは、明らかに不合理です。
そのような不合理な請求が認められるようであれば、火山専門家は活動を委縮し、協議会に参加することを躊躇することにつながるでしょう。火山専門家の協力が得られない事態は、国民一人一人にとって非常に不利益なことです。
また、『気象庁の噴火予報を信じて引っ越した』などとして、国を相手に国賠請求をすることもできないでしょう。
この点は、弁護士ドットコムに以前掲載された『過去最大級の「地震誤報」混乱をまねいた国に賠償請求できるか?』という記事をご参照ください(URLはhttp://www.bengo4.com/topics/727/)」
●火災防災を支える「人材育成」が急務
伊藤弁護士は、火山国・日本はいつ火山が発生してもおかしくない状況でありながら、火山災害に備えた監視観測・調査研究体制や火山専門家の人材育成が不十分であると危惧している。
「火山災害は、噴火に伴って発生する現象が多様で、複雑に変化しながら規模が拡大していくのが特徴です。的確な対応には、火山専門家の知見が不可欠です。
しかしながら、現在、大学で火山の観測・調査研究に従事する研究者は40名程度にすぎず、火山学を専攻する学生の減少も顕著です。このままでは、将来的に火災防災を担う火山専門家を確保できないおそれがあります。
私たち国民は、火山専門家など火災防災を支える人材を育成する環境づくりが急務であることを、しっかりと認識すべきだと思います」
今後、火山専門家が発する警告をどう受け止め、どのように行動するのか。また火山専門家をどうやって支援し、育成していくのか。いま問われているのは、国民一人ひとりの見識なのかもしれない。