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虐待、貧困…「子どもの人権」危機に解決策 木村草太さんや専門家が現場から提案
憲法学者の木村草太さん

虐待、貧困…「子どもの人権」危機に解決策 木村草太さんや専門家が現場から提案

「子どもには人権がある」。当然のように言われているが、私たち大人はどこまでそれを本当に理解し、実現できているだろうか。憲法学者、木村草太さんが、子どもたちが抱える問題と日々向き合う現場のアクティビストたちと共に2月8日、『子どもの人権をまもるために』(晶文社)を刊行した。家庭における虐待や貧困、学校における指導死…。漠然と守られていると思っていた「子どもの人権」が危機にさらされていることが語られる。

もちろん、憲法や法律、条例など子どもの人権を守るための枠組みは存在する。しかし、現場でそうした対応を行うことは「必ずしも簡単ではない」と木村さんは指摘する。たとえば、近年社会問題となっている組体操。高さ3、4mにも及ぶ人間タワーが作られ、年間5000人以上の子どもが負傷している上、過去には死者も出ているが、教育の名の下に断行される。大人が高さ2m以上で作業する際には、手すりや命綱安全ネットなどの転落防止措置をとるよう、労働安全規則で要求されているにもかかわらずだ。これだけでも、「子どもたちがいかに危険な状態に置かれているかわかる」。

本書に寄せられた現場からのリポートは、名古屋大学准教授の内田良さんによる体育や部活動のリスクや、前文部科学省事務次官の前川喜平さんによる2018年度から義務教育で始まる「道徳の教科化」の問題など多岐にわたる。どうしたら現実を直視し、子どもの人権を守れるのだろうか。編著を手がけた木村さんに聞いた。 (弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●不足するお金や人材…「予算のない法律は絵に描いた餅」

——この本は、「子どもだったころにこんな大人に出会いたかった」というコンセプトで、内田さんや前川さん以外にも、「虐待」について精神科医の宮田雄吾さん、「貧困」について専門社会調査士の山野良一さん、「保育」についてNPOフローレンス代表理事の駒崎弘樹さん、「LGBT」について弁護士の南和行さんなど、第一線で活動している方々が寄稿されています。人選のポイントは?

それぞれのテーマに精通していること、それから、本当に子どもの立場から考えていらっしゃる、子どものために一生懸命な方であることです。そして、もう一つが、単に問題があると指摘するだけではなくて、ここに起きている問題を法制度にどう結びつけるか、考えてくださる方です。

——皆さん、異口同音に予算や専門的な人材の不足を指摘されていました。特に宮田さんは、虐待を受けた子どもに対して「心を寄せるだけでは不十分」とはっきり書かれています。児童虐待防止法という法律はありますが、虐待はなくならない。木村さんの「予算のない法律は絵に描いた餅にすぎない。ここに国家が十分に投資するかは、国民の意識にかかっている」という言葉が印象的でした。

単に「予算や人材が足りない」と訴えても、「どこも同じだよ」と聞き流されてしまいます。問題を正確に把握し、「こういう使い方をすれば、効果的に人の権利が守れますよ」という緻密な制度の提案をすれば、「ここにお金や資源をかけるべきだ」という主張に説得力が出てくる。この本の執筆者の皆さんは、現場のリアルな経験があるからこそ、「資源はこういうふうに振り分ければもっと幸せになれる」という具体的な提案ができるのかと思います。

——宮田さんによると、虐待を受けた子どもたちの中には壮絶な問題行動を起こすケースがある。それに対応するには専門家の連携が必要で、「子どもを変える魔法の言葉などない。支援する大人同士で子どものグチをしっかりこぼしつつ、上手に休みを取って自らの心をメンテナンスしながら子どもとの日々を過ごすしかない」など、リアルで地道な方法が書かれていました。また、虐待を受けた子どもの家庭は貧困率が高く、貧困対策はそのまま被虐待児への支援になるとも提案されています。

●「待機児童問題を頑張ってると思ってた」 政治家の発言に愕然

——しかし、現場の声は政治の中枢にまで届いていないようです。駒崎さんも、2016年に「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログが話題になった時、ある政治家に「僕たちは随分頑張ってると思ってた」と言われ、愕然としたと書かれていました。現場の問題と法制度を結びつけるために、私たちはどのように行動を起こしたらよいのでしょうか?

諸々の問題の背景には、「子どもの権利の侵害」があることを理解してほしいと思います。この本では、様々な社会問題をテーマにしていますが、そこで侵害されている権利はすべて、子どもの権利として憲法や条約に書き込まれています。たとえば、教育に関して、憲法では「教育を受ける権利」を国民に保障(26条1項)、国連が採択した「子どもの権利条約」でも教育の機会均等を保障(28条)しています。単に「かわいそう」と同情するのではなく、「権利の侵害」として、重く受け止めることが大事です。権利を行使する側の自覚も重要だと思います。

——子どもや保護者自身が、子どもの権利について知るということでしょうか?

そうですね。「自分たちには状況の改善を求める資格がある。その要求は法律に裏付けられた権利なんだ」という自覚を持ってほしいと思います。権利を行使するのは、決して「わがまま」ではありません。権利は、「同じ条件の下にあるすべての人に保障するのが正義だ」と法で確認されたものです。つまり、自分の権利を行使するということは、自分のためになると同時に、社会全体のためになるのです。

そうは言っても、「わがままかもしれない。自分さえ我慢すれば」と躊躇してしまう人もいるでしょう。そんなときには、「あなたの要求が実現される社会は、他の人が同じ要求をした時にも実現される社会だ」ということを考えてほしいと思います。「その要求を全員が実現できている状態は良い世界だ」と思えるのなら、「その要求は正義だ」ということになります。あなたが我慢すれば、他の人も我慢することになる。わがままは我慢すべきですが、権利を我慢するのは正義ではありません。権利は、遠慮なく行使すべきだと思います。

●道徳の教材で自由の概念を「自分勝手やわがまま」と混同

——要求を躊躇するという話で思い出したのが、前川さんの寄稿です。小学校5、6年生が使う「私たちの道徳」には、「自由は『自分勝手』はちがう」という見出しのもと、「相手や周りのことを考えずに/自分のやりたいことやしたいことを/なんでも思い通りにできることが/自由ということなのだろうか」と書かれている。前川さんは「自由の抑制を強調している」と指摘しています。文科省がこの教材を編纂した当時、前川さんは担当の初等中等教育局長で、「自由の価値がしっかり書かれれば、集団主義的・国家主義的な内容が並んでいても、なんとか対抗できると考えた」そうですね。

前川さんのご指摘はとても面白かったです。前川さんは初等中等教育の行政の現場にいらした方なので、自由と正義と法の面従腹背の方法がちゃんと書いてあります。「私たちの道徳」では、自由の概念が「自分勝手やわがまま」と混同されています。しかし、前川さんによれば、文科省は道徳教育が国体思想や全体主義に侵されないよういくつも工夫をしています。また、前川さんは教育課程特例校制度を使えば、道徳科に代えて「市民科」など独自の教科を設けることができるとまで提案しています。これが問題意識を制度につなげることだと思います。

●特定の枠に入ってないと提供されない教育システム

——学校に関する問題では、2000年に中学2年生だった息子さんが学校の指導により追い詰められ、自死した大貫隆志(「指導死」親の会共同代表)のお話はショックでした。それ以外にも、組体操や部活動、不登校など学校という本来は子どものための空間で子どもの権利が奪われている問題は深刻だと思いました

最初に誤解なきように申し上げると、学校にいる個々の教員の方々や生徒の皆さんは、基本的にはちゃんとした人たちだと思っています。日本の教員の方々は本当に献身的な努力をされていると思います。日本の教育水準は、色々な問題はあるにせよ、世界的にみれば非常に高いでしょう。

ただ、この本で学校の全体主義について論じた内藤朝雄さん(明治大学准教授)が強調していることですけれども、日本の教育は「特定の条件」を満たした人でなければ、快適に教育を受けられません。友達と仲良くでき、自己主張が強くなく、40分間座っていて苦痛じゃない子にとっては、今の学校で大きな問題はない。しかし、世の中には色々な子がいます。学習の進度も違います。一人で教科書を読むのが向いている子もいれば、家で勉強した方がいい子もいる。それにもかかわらず、学校でしか教育を提供できないような社会システムは、学校の枠に入らない子どもたちに大きな負担をかけてしまうわけです。

●「いじめにあったら逃げなさい」と言う大人は多いが…どこに?

——大きな負担とはどういうものでしょうか?

今の教育システムは、学校からドロップアウトした時のサンクション、不利益が大きすぎます。学校以外で教育を受ける方法が極端に限られているのです。たとえば、放送大学のように、「放送中学」を作って、学校からドロップアウトしても、テレビ放送で授業を聞いて、テストを受け、単位も取れる方法が整備してはどうでしょう。全部の不登校の方が救われるわけではありませんが、「学校に行かない選択肢がある」と思うだけで、安心できる人もかなりいると思います。

「いじめにあったら逃げなさい」とメッセージを出す方はたくさんいます。それは大切なメッセージではありますが、学校から逃げるのって、本人にとっては相当なプレッシャーです。「学校に行かずに勉強ができるのか、単位や出席はどうなるのか」と先生にも親にもガタガタ言われる。周りに言われるまでもなく、本人だって心配でしょう。そうなると、多少我慢してでも学校に行かざるを得ないということになります。

つまり、学校離脱の不利益が大き過ぎるがために、学校の側は子どもたちに対して色々なことを強制できる空間になっているわけです。逃げられないのがわかっているからこそ、「いじめに耐えろ」「組体操をやれ」という無茶が言えてしまいます。子どもの権利を守るためには、学校以外の教育の場を作る必要がある。「学校教育か、それ以外の教育か」を子どもが自由に選択できるようにすれば、学校も無茶が言えなくなるのではないでしょうか。離脱が難しいということが、色々な問題を引き起こしているのです。

●読んで「つらい」読み続けても「つらい」、現場の声

——今回、編著を手がけられましたが、実際に届いたリポートをお読みになった感想は?

まず、この本は宮田先生の「虐待」という衝撃的な章から始まります。次の山野さんの「貧困」読むと、またつらい。「ああ、つらい」「次も辛い」という感じです。読み続けて、途中でほっとする時もありますが、最後の章は土井香苗さん(国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表)で、身体の自由や教育への権利などの権利が保障されていない子どもたちが世界に数多くいることを教えてくれます。

「虐待と貧困」という一番、深刻なところから始まり、「世界の子ども」というまた深刻なところに帰って行く。虐待、貧困あるいは世界の子ども達というテーマを見通した時に、全ての原稿が関連していることに気づくのではないでしょうか。子どもの問題は、すべてが一番深刻な問題とつながっている。そこが読ませどころかなと思います。

——どのような読者の方たちに本を届けたいですか?

前書きでは、「『子どものためになる大人になりたい』と本気で願っている大人」と謳っています。まずは、子どもに接する方、親御さんや学校の先生、行政の現場で児童虐待など子どもの問題を扱われる方々に手にとってほしいと思います。それから、政治家や行政のトップの方々です。現場と法制度をつなげるというのがテーマなので、両面からアプローチしてほしいと思います。

——現場と法制度をつなげるためには、子どもの問題に知識も関心を持っていないマジョリティの方たちを動かすことも必要なのかなと感じました。

そう思いますね。マジョリティの方たちはこうした問題があるということは知っている。ただ、問題が深刻すぎて、「どうしようもない」と無力感に陥ってしまう。だから、自分を守るために無関心になるのかなと。人間は、自分が解決し難い深刻な問題に直面した時に否認をしたくなりますから。

しかし、この本はテーマとして、問題は解決できるんだということを打ち出しています。解決の方法をそれぞれ提案してくださっています。ですから、この本を読むと、深刻な問題と向き合うとともに、解決策もあるんだという、暗闇の中に灯りを見つけたという気持ちになれるんじゃないかと思います。

■木村草太(きむら・そうた)さん略歴

1980年生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系教授。専攻は憲法学。著書に『キヨミズ准教授の法学入門』『憲法の創造力』『テレビが伝えない憲法の話』『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』『憲法という希望』『木村草太の憲法の新手』『社会をつくる「物語」の力 学者と作家の創造的対話』(共著)など。

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