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「有害図書指定」された漫画家・筒井哲也さんが描く「表現規制」のディストピア
表現規制を描いた漫画『有害都市』の一コマ/(c)筒井哲也/集英社

「有害図書指定」された漫画家・筒井哲也さんが描く「表現規制」のディストピア

容疑者の自宅から見つかった大量の漫画やDVD、犯行との関連を臭わせるマスコミ報道、したり顔のコメンテーター、賛同する市民たち…。そのまま、表現規制が進んでしまったら――。そんないつか訪れるかもしれない「ディストピア」を描いた漫画が、2017年3月の文化庁メディア芸術祭で漫画部門の優秀賞に選ばれた。筒井哲也さん(42)=神奈川県=の『有害都市』だ。

作品の舞台は、東京オリンピックを目前に控えた日本。有識者によって「有害図書」や「有害作家」が社会的に抹殺されるなど、浄化運動が進められる中、若手のホラー漫画家が表現の自由を求め、葛藤するという内容だ。フランスでも評価が高く、2015年にACBDアジア部門最優秀賞を受賞している。

実はこの作品、筒井さんの実体験に基づいているという。筒井さんはある自治体に今も「有害作家」扱いをされているのだ。

●たまたま気づいた「有害図書指定」…5年間連絡なし、内容ではなく絵柄で判断

『マンホール』で問題視されたページの一部/(c)筒井哲也/集英社

筒井さんが、自身の作品が長崎県の「有害図書」に指定されていると知ったのは、2013年の秋だった。タイトルは『マンホール』(2004〜2006年連載/有害指定は1巻のみ)。すでに有害指定から5年近くが過ぎていたが、その間、県からは何の連絡もなかったという。有害指定されれば、その地域では実店舗で手に入れるのが困難になる。

「販売サイトのレビュー欄で『これが有害指定されているのは不思議だ』という書き込みを見て、初めて知りました。連絡がないから、反論もできない。乱暴だなと思いました」

筒井さんは当時をそう振り返る。

「確かに、一部で暴力・恐怖表現とも解釈し得る描写はありますが、有害という暴力的な言葉で非難されるものではないはずです。テーマを持って書いているのに、『お前の本は毒でしかない』と言われているようで、ショックでした」

『マンホール』は、人の脳に巣食う新種の寄生虫をめぐるバイオホラーだ。マンホールの下を実験場に、この寄生虫をばら撒こうとする科学者と警察との対決を描いている。この科学者は性犯罪被害者の家族。寄生虫を使い、人類の欲望を鎮めることを目的としている。作品の底流には、悪人にはどんな仕打ちも許されるのか、人間の欲望はコントロールされるべきなのかといった社会的なテーマがある。

しかし、筒井さんによると、長崎県はそうした物語のテーマ性など、内容面には触れずに判断を下したという。筒井さんの問い合わせに対し、長崎県は中身ではなく、有害と判断したページ数を総ページ数で割った「有害率」を目安の一つにしていると回答したのだ。

●グロテスクな表現が犯罪を誘発するのか?

筒井さんは絵面だけで判断されたと訴える/『マンホール』より(c)筒井哲也/集英社

有害とされたのは、マンホールの下から這い上がってきた、寄生虫の「宿主」たちの姿など、210ページ中27ページ。筒井さんはホラー愛好家で、御茶漬海苔さんの漫画などに影響を受けた。作中では、読者を引き付ける演出として、一部グロテスクな表現を用いているが、「粗暴性や残虐性を助長したり、犯罪を誘発したりするもの(長崎県少年保護育成条例4条)」ではないと確信している。

筒井さんは弁護士を雇い、長崎県に有害指定の取り消しを求めたが、判断は覆らず。県からは、HPで公表しているのだから、有害指定になったことを連絡する必要はないとも言われた。

撤回を求め、長崎まで審議会を傍聴しにも行ったが、18人の委員が約1分ずつ『マンホール』を回し読みした後、全会一致で「有害指定に問題はない」と判断しただけだった。委員からは、「前任者の判断に物申すことはできない」との発言もあったという。

●「非実在性青少年」に「宮崎勤」…『有害都市』はいかにして生まれたのか?

表現規制をめぐり苦悩する主人公・日比野/『有害都市』より(c)筒井哲也/集英社

漫画『有害都市』は、こうした一連のやり取りから生まれた。

「構想を練っているときは怒りが原動力でした。もともと、表現規制をテーマに描けないかとは思っていたんです。石原(慎太郎)都政の『青少年健全育成条例改正』(2011年施行)では、『非実在青少年』こそ削られたものの、漫画家にとって厳しい規制が入りましたから。漫画は、政治力がないから槍玉にあげられやすいという危機感があったんです。

特に僕の世代だと、子どもの頃に宮崎勤の事件(1988〜1989年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件)があった。事件そのものもそうだし、(漫画・アニメの影響があったとする)マスコミの報道も相当酷かったんで…。漫画好きの中ではトラウマですよね」

『有害都市』は、表現規制に立ち向かう若手ホラー漫画家・日比野を主人公に物語が進む。「グロ表現は控えろ」「死体は描くな」「煙草は吸わせるな」…。突きつけられる理不尽な要求。それでも「面白いものを描きたい」と信念を貫き通した日比野は、「有害作家」とすべきかどうかの審判にかけられる。

「もちろん、完全な無秩序は無理があります。たとえば、子どもの手が届くところに露骨なポルノがあっていいのかというと、そうではない。ただ、その『ものさし』が、世間の人が納得できるものになっているかは検討が必要です」

●エロは「炭鉱のカナリア」…次は暴力、グロ表現に広がる

アメリカのコミックバッシングでは800人以上の漫画家が職を失ったという/『有害都市』より(c)筒井哲也/集英社

筒井さんは、「規制が求められるということは、世間が表現に対して敏感になっているとも言えますよね」と話す。特に敏感になりやすいのは、「エロ」だ。「表現の中で、エロは『炭鉱のカナリア』。まっさきに息絶える。次は暴力、グロ表現です。規制の強さは、社会の臆病さを示すバロメーターと言えるでしょう」

もっとも顕著な事例は、『有害都市』の中でも触れられている、1950年代のアメリカのコミック反対運動だろう。これは精神科医フレデリック・ワーサム博士らが、「漫画は子どもに有害」として推進したもの。多くの市民が参加し、街中で漫画本が焼かれたという。

反対運動を受けて、コミック業界は暴力や性的表現、ホラーなどを自主規制し、結果としてアメリカン・コミックの「暗黒時代」を招いた。ちなみに、表現規制を扱った古典SFとして知られるレイ・ブラッドベリの『華氏451度』は、この運動の最中の1953年に出版されている。

筒井さんは、小さい頃に読んだ漫画が今も頭に残っているという。コミックボンボンに連載されていた『はじけて!ザック』という作品だ。

「初めはやんちゃな少年の学園コメディーだったんですけど、途中から悪役にペットの亀をなぶり殺しにされるような無茶苦茶なグロ展開になっちゃって。これはすごく記憶に残っています。でも、だからといって、それを読んだ読者が凶悪犯罪に向かうかというと別の話です」

管理する大人の立場からすると、絵面を見て、子どもの目から遠ざけたいと思うこともあるだろう。しかし、「子どもの心に何か黒いものを芽生えさせるものって案外グロとか暴力といった表現じゃなくて、日常に潜む人の心のおぞましさを感じさせるようなものなんじゃないかとも思うんです」と筒井さん。

●「表現の自由」掲げてやり過ぎると、現実的には仕事がなくなる

筒井さんは、漫画家も責任感を忘れてはいけないと語る/『有害都市』より(c)筒井哲也/集英社

ただし、筒井さんも漫画家の行き過ぎた表現が、世間の過敏な反応を招いている面があることは認めている。そこで重要なのが、「自主規制」のバランスだという。『有害都市』では、ベテラン漫画家を登場させ、「誰も傷つけない創作は現実的に不可能だが、配慮する努力は放棄してはいけない」とも語らせた。

「漫画は生活に必要なものではない。だからこそ、商業漫画は読者に支持される文化でないとダメだと考えています。ちょっと不自由かもしれないけど、自主規制の枠内で創意工夫して、暴力やちょっとエッチな表現とかをやっていった方が良いだろうと。

普通の人がドン引きするようなことを『表現の自由』だからといって、やりすぎてしまうと、現実問題として自分たちの首を絞めて、仕事がなくなりかねない。正解はないけれど、どこまでなら良いか、常に頭の片隅で考えていないといけないと思います」

行き過ぎた自主規制は、ともすれば文化の破壊をも招きかねない。かといって、表現の自由を掲げれば、何を描いても良いというわけでもない。そのバランスを考え続けることが重要だという。

●現状はそこまで悲観していないが、「関心は持ち続けないといけない」

表現者(漫画家)、世間(読者)、公権力。大きくこの三者のバランスの中で、表現活動が行われていると言えそうだ。どれかが行き過ぎを起こせば、バランスは崩れ、言いたいことが言えなくなってしまう恐れがある。

6月には、成人向け漫画の手口が真似られたとして、警察が作者の自宅を訪ねる出来事も起きた。「権力を盾にどうこうというつもりはなかったのかもしれないけど、警察が口をはさんでくるのは、一歩踏み越えてきたなという印象があります。(成人漫画家は)萎縮はすると思いますね」と筒井さん。

「ただ、僕自身は表現規制について、そこまで悲観していないんです。最近国会議員でも漫画好きを公言する人が出てきましたから」。これまで、漫画家は政治力が弱く、制約は増える一方だった。しかし、「政治家の中にも表現に理解のある人がいる限り、そこまで規制一辺倒ではないのかなと思える」。

『有害都市』が、文化庁メディア芸術祭で賞を獲ったのも大きかったようだ。「『文化庁はずいぶん太っ腹だな』と。考えすぎかもしれないですが、『自分たちも気を付けますよ』というメッセージなのかもと感じました」

今後も関心は持ち続け、「潮目」が変われば、新たに発信も行なっていくという筒井さん。ただし、『有害都市』で考えていることは表現できたという。現在は新作の準備に取り掛かっているそうだ。

(弁護士ドットコムニュース)

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