弁護士ドットコム特別企画
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升永そこは一番大事なところです。国民は、自分が「一人一票」に反対か賛成かを主張するチャンスがあるのです。それが衆議院議員選挙と同時に行われる最高裁判所の裁判官の「国民審査投票」です。衆議院総選挙ごとにあります。
ただ、多くの人はこれまで、どの最高裁判所裁判官にも「×印」を付けないで投票用紙を投票箱に投票していたでしょう。情報がないからです。そこで、私たちは国民に情報を提供していきます。どの裁判官が「一人一票」賛成派か反対派か、という事実を公表します。

それをご覧いただいたうえで、国民の皆さんが「一人一票」に賛成するのなら、反対派の裁判官に「×印をつける」という投票ができるし、「一人一票」でなくていいというのなら、反対派の裁判官に「×印をつけない」という投票ができます。
ウェブサイト上でバーチャル投票ができるようになっているので、ぜひ投票してみてください。
最高裁裁判官の国民審査は、実質的な国民投票です。文字通り、国民全員に「一人一票」の投票権がありますから。最高裁裁判官の一人ひとりについて、審査したうえで投票できます。
この国民審査は参政権なのです。まさに国民が政治に参加する権利なんですよ。ところが、憲法の教科書の「参政権」のところを見ても書かれていない。
升永私も昨年5月まで、66歳になるまで気がつかなかった。憲法を勉強したけれども、国民審査が参政権だと思っていなかった。でも、「国民審査は参政権である」と知った以上は、それを人に伝える必要があります。国民審査を国民が参政権と考えて、参政権を行使することが大切です。それが民主主義です。国民は、国民審査で「一人一票」に賛成か反対かの投票ができるのです。
幸い、インターネットがあるから、どんどん活用して伝えていこうと思います。
司法は、世論から生まれる常識に反する判決を下すことはできません。これから、「自分が『0.5票』しか持っていないのはおかしい。『一人一票』であるべきだ」という常識を作っていく必要があります。
升永私は裁判の当事者の代理人ですから、結果や展開について、あれこれ言うわけにいきませんが、最高裁は世間の常識に矛盾するような判決を下さないでしょう。
常識というのは、繰り返しになりますが「清き一票」、すなわち「一人一票」です。その価値が同等ということです。アメリカの連邦最高裁は、「1票」対「0.993票」の格差すら違憲としているのだから、日本でもできないことはないはずです。
日本に住む永住外国人の地方参政権の問題は、ここ1年間でマスメディアに頻繁に取り上げられ、今や誰も知らない人がいないほどの世間の話題になっています。
自分が“清き0.5票”しかないという問題も、マスコミが報道し始めれば、一気に国民の関心事になるでしょう。“清き0.5票”の問題は、永住外国人の地方参政権の問題と比べると、他人事ではすまされない“自分事”ですから。
升永ありがとう。日本の今の民主主義には2つ課題があります。1つは民主主義とは何なのかを明確にすること。1つは民主主義を実現するには、法の支配が車の両輪の一つとして機能すべきということ。法の支配について責任を持っているのは国会ではなく、裁判所なのです。憲法によればね。

升永どうぞ。
升永そうそう。これはトラじゃなくて、ヒョウなんですよ。「1票」のヒョウは尻尾が上を向いてハッピー、「0.6票」のヒョウは下を向いてアンハッピーになっています(笑)。
文/上田真緒 写真/北山宏一
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