弁護士ドットコム特別企画
1/2ページ

升永そうでしょう。それまでは「一票の格差」といっても、私もやはりどこか他人事でした。「一票の不平等はけしからん!」とどれだけ声高に叫んでも、その伝え方では、不平等に敏感な人の心には訴えても、そうではない人は反応しない。そこで止まってしまう。
ところが、「自分が0.5票しか持っていない」と気づいた途端、人は、「冗談じゃない。自分は1票ないのか!」と怒りが湧いてきます。
私たち国民は、まさに「裸の王様」だったのです。
常識というのは、裸でいることではなく洋服を着ていることです。「0.5票」ではなく「清き一票」、すなわち「一人一票」が常識です。
アメリカでは、1983年に米国連邦最高裁判所が、ニュージャージー州での連邦下院議員選挙について、「1票」対「0.993票」の格差でも「違憲」という判決を下しています。
日本人の大半は、自分が「0.5票」だなんて知りません。多くの国民は、「一票の格差」の問題を、選挙される国会議員の立場に立って考えている。
「選挙区によって、10万票取って落選する人と、8万票で当選する人がいる。落選した人はかわいそうだなあ」って。
自分がその10万票の投票者の一人だという感覚がない。
私は、それが「一票の格差」問題の最大の問題だと思う。裸なのは政治家ではなく、国民なのです。国民の大多数は1票未満の選挙権しか持っていないのです。
民主主義とは、多数の国民が多数の国会議員を選ぶということです。ところが、現状の日本では「一票の格差」があるために、少数の国民が多数の国会議員を選んでいる。それが民主主義だと思いますか。多数の国民が多数の国会議員を選べて、初めて民主主義です。
憲法にはこう書いてあります。
「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し…」と。
「行動し」というのは、三権、すなわち司法、立法、行政の三権を行使するということです。「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて三権を行使する」と言っているわけです。
衆議院の小選挙区選出議員の総数は300人です。その多数は151人です。「一票の格差」のために、全人口の42%が、この151人の国会議員を選出してしまいます。全人口の58%は、149人の国会議員しか選出できません。これは「正当な選挙」ではない。
「正当な選挙」を実現するには、「一人一票」を実現するしかないのです。
今の日本は、一票の不平等のため、少数の国民が多数の国会議員を選んでいます。これでは日本は「真の民主主義国家」とは言えない。
この現実を知った者は、知った者としての責任があります。知ったことを誰にも言わないで死んでしまえば、日本は人口の少数が多数の国会議員を選ぶという、「真の民主主義国家」未満の国のままです。
升永ただ、私は75歳を過ぎてからこの「一人一票」問題に取り組もうと思っていました。違憲訴訟をやろうと思っていた。孤立無援だろうが一人で違憲訴訟を戦って、敗訴し続けて、それで人生を終わろうと思っていた。
ところが、弁護士の久保利英明先生(日比谷パーク法律事務所代表)に話したら、「今やろう」と言われた。久保利先生はすごい。それで昨年5月に始めたのです。
衆議院選挙と同時に行われる「国民審査」で、有権者は、
最高裁判所の裁判官に不信任の票(×印)を投ずる「国民審査権」という
「国民固有の権利」を持っています。
もし、あなたが、一人一票を認めない裁判官に反対の場合、
あなたは、国民審査で、一人一票を認めない裁判官に不信任の「X印」を投票できます。
どうされますか?
この投票結果を見ますと、2010年6月現在、90%以上の人が「×印」をつける、と答えてします。すごい数字ですね。

升永私たちは、単に情報提供をしているだけですよ。国民が“真実”を知ったうえで、「一人一票」に賛成か反対かと聞かれたら、ほとんどの人は「一人一票」に賛成ということです。
私は毎日、タクシーの運転手さんにこの話をしているのですが、皆さん、自分が持っている1票の価値に対して切実な思いを抱いていますよ。実際、自分たちが支払った大事な税金がどう使われるのかが、自分の1票に関わっているのですからね。それが「0.2票」や「0.5票」じゃ、たまらない。
Copyright © 2005 bengo4.com All Rights Reserved.
記載の寄稿文・プロフィールなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます