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「餅がなきゃ正月じゃない」絶えない死亡事故、高齢者の「隠れてでも食べたい」にどう向き合う?
お雑煮(karins / PIXTA)

「餅がなきゃ正月じゃない」絶えない死亡事故、高齢者の「隠れてでも食べたい」にどう向き合う?

年末年始を迎え、スーパーには餅がたくさん並んでいる。この時期になると、餅による高齢者の窒息事故を防ぐためのキャンペーンを目にする。しかし、これだけ注意喚起をしているのに毎年死者が出ている。

消費者庁によると、2018年と19年の2年間で餅による窒息事故の死者は661人。被害の多くは正月に集中しており、ネットでは「危険な食べ物」として認知されている。

ただ、東京消防庁の事故統計では、餅をのどに詰まらせた救急搬送件数は減少傾向だ。餅の消費量自体が減っていることに加え、介護施設でも訴訟リスクを考え、餅を提供する事業者が少なくなっていることも一因のようだ。

同時に安全に食べられる工夫も進んでいる。事故のリスクもあるけれど、それでも食べたい――。日本人と餅との「愛憎」入り混じった戦いの最前線を取材した。(ライター・国分瑠衣子)

●過去10年の搬送件数は減少傾向

東京消防庁の統計によると、過去10年間で餅をのどに詰まらせて救急搬送された件数は、2011年の121件をピークに減少傾向で、2019年は93件にとどまる。過去5年間に起こった482件の搬送件数を年齢別に見ると、80代が突出して多く、全体の約4割を占める。時期は1月が最も多い。

餅をのどにつまらせて搬送された人の救急搬送件数の推移(出典元:東京消防庁)>青が65歳未満、赤は65歳以上 餅をのどにつまらせて搬送された人の救急搬送件数の推移(出典元:東京消防庁)>青が65歳未満、赤は65歳以上

餅の消費量も減っている。総務省家計調査では、2人以上の世帯の1世帯あたりの餅の年間購入数量は、2019年は2229gで2008年に比べ482g減っている。1人あたりの購入量も866g(08年)から751g(19年)とこちらも減少している。

世帯主の年代別に見ると、70歳以上の世帯の餅の購入量は2019年で3270gと他の年代よりも多い。ただ、10年前と比べると減少している。

高齢者も含め、餅の消費量が減っている背景について、包装餅の食品メーカーでつくる全国餅工業協同組合の担当者は「昔に比べ、臼と杵で餅つきをする家庭も減り、お正月にはお餅の他にもおいしいものがたくさん並ぶようになったからではないでしょうか」と語る。ただし、2020年はコロナ禍の巣篭り需要で、販売量は前年同期を上回っているという。

組合では、若い世代にもっと餅を食べてもらおうと中学生のスポーツ大会に協賛し、餅を配ったり、10月10日を『餅の日』と定めて、餅つきをしてふるまったりするなど、餅の普及に取り組んでいる。

安全対策では、各メーカーがパッケージ部分に「食べやすい大きさに切り、よく噛む」などの注意喚起文を載せている。サイズや形状に工夫を凝らしている社もあるようだ。

●大手介護事業所はリスク管理重視

介護事業所でも餅の提供を控えるところは少なくない。25年以上特別養護老人ホームでの勤務経験があり、『老人ホーム リアルな暮らし』などの著者・小嶋勝利氏は「大手が運営している高齢者施設ほど、リスクマネジメントの観点から、餅を提供しなくなっているところが多い」と指摘する。

小嶋氏が過去に勤めていた特養では、正月は餅を出したり、酒を振舞ったりした。

「本人や家族はとても喜んでくれたが、もし事故が起こったら家族の感情は正反対の方向へと向かう。

入居者に喜んでもらえると思ってやったことがあだになり、訴訟のリスクが高まる。個人的には、高齢者に楽しんでもらうことを第一にしたらいいと思うが、そのあんばいが難しい」

小嶋氏はその一例として、長野県の特別養護老人ホームで起こった、ドーナツを食べた入所者が窒息死し、准看護師が業務上過失致死罪に問われたケースを挙げる。

「二審では2020年、無罪になったが、一審では有罪判決が出た。あのような判決は介護現場で働く人を委縮させてしまうのではないか」と疑問を投げかける。

●高齢者「餅を食べなければ正月ではない」

だが、高齢者は得てして餅が大好きなのだ。北海道で訪問看護事業所を経営する女性は次のようにも話す。

「高齢者は餅を食べなければ正月ではないと思っている。ダメといったら、隠れて食べる。かえって事故のリスクが高まるんです。だから1センチぐらいに細かく切ったり、ぐにゃぐにゃに煮て食べさせている介護施設も多い」

女性の事業所でも、切り餅をさらに1センチぐらいに細かく切った上で見守りながら食べるよう家族に伝えているという。

高齢者たちの「命がけの情熱」に応えるため、最近は代替食品も浸透してきた。昭和大名誉教授の向井美惠氏(口腔衛生学)は、次のように話す。

「最近は餅に食感が似ているが、噛みくだきやすい代替品を提供する介護施設が増えている」

ネットでは、介護食としてうるち米や米粉をもち米とブレンドした、ねばりが少ない「新感覚の餅」が売られている。

実際、静岡市のデイサービス「まごころ でい 一番町」では毎年1月になると、もち米とうるち米を5対5の割合でブレンドして作った餅を利用者に振舞う。ブレンド餅はお米の粒は残るが、もち米100 %で作った餅特有のねばりはほとんどなく、噛み切りやすく、のどに張り付く感じも和らぐという。

同事業所の運営会社、まごころ介護サービスの管理栄養士の安池剛さんは、「餅は危険だから出さないというのではなく、作り方を工夫して食べることを楽しんでもらいたい」と話す。

さまざまな関係者の努力によって、令和になっても「正月は餅」という伝統が続いているようだ。

●「コロナ禍の正月は特に注意が必要」

さて、どうしても餅を食べるというのなら、せめて最大限の注意をしてほしいものだ。

前出の昭和大学名誉教授の向井氏は「餅は他の食品に比べ、粘り気がある。固さが温度に左右され、お椀の中では柔らかそうに見えても、口の中に入れ、のどを通る時には温度が下がり硬くなっている。また、餅は唾液と混ざりにくいのでよく噛むことが大切になる」と説明する。

事故防止方法としては、1人で食べる「個食」は避け、周囲の人が見守ることが大切だ。万が一、餅を詰まらせてしまった場合はどうすればいいのか。

「餅を詰まらせた人の後ろから手を回し、こぶしで圧迫するように突き上げる『腹部突き上げ法』などで餅を出す救助を行うと同時に、すぐに119番通報することが大切。どうにもならなくなってから119番しては遅い」(向井氏)

「今年はコロナ禍で搬送先の救急病棟が空いていない可能性もある。例年以上に注意してほしい」と呼び掛けている。

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