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非正規の待遇格差、「正社員だから優遇」はもう終わり…正当性がなければ違法に
司法記者クラブで会見する長澤運輸事件の原告ら

非正規の待遇格差、「正社員だから優遇」はもう終わり…正当性がなければ違法に

正社員と非正社員の待遇格差をめぐる2つの訴訟の判決が6月1日、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)で言い渡され、労働契約法20条が禁じる不合理な格差についての初判断が示された。

ハマキョウレックス事件では一部の手当について正社員との格差が違法と認定された一方、定年後に再雇用された非正社員(形式上は有期契約)が起こした訴訟(長澤運輸事件)では基本給や多くの手当の格差が不合理とは言えないと判断された。

今回の最高裁判決をどう見ればいいのか。企業や労働者にどのような影響を及ぼす可能性があるのか。労働者側の立場から労働事件を広く手がける河村健夫弁護士に聞いた。

●何が労働契約法20条の違反か、下級審の判断がバラバラだった

労働契約法20条は、非正規雇用のうち半年や1年など期間ごとに契約を更新する「有期労働契約」に対する不合理な差別を禁じていますが、その条文はとても分かりにくいものです。格差が不合理か否かを判断するには、(1)業務の内容や責任の程度(2)内容や配置の変更の範囲(3)その他の事情ーーの3要素を考慮するとしています。

これだけを見ると「同一労働同一賃金」を定めた条文かと思うかもしれませんが、そうではありません。

あくまで「有期雇用」の社員と、「正社員」と呼ばれる「無期雇用」労働者との間で労働条件に差があることを自体は前提としながらも、「いろんな事情を考えても不合理だよね」「この格差は差別だね」という場合に違法とするにとどまります。

労働契約法20条は、2013年の改正労働契約法の施行により認められました。しかし、有期雇用者に対するどのような「差別」が労働契約法20条違反となるかについては下級審の判断内容や判断手法がバラバラであったため、最高裁の判断が注目されていました。

●ハマキョウレックス事件の最高裁判決

まず、ハマキョウレックス事件の最高裁判決について検討します。

ハマキョウレックス事件は、運輸業を営む会社でドライバーとして勤務していた有期雇用の従業員が、無期雇用者(正社員)には支給されている(1)無事故手当、(2)作業手当、(3)給食手当、(4)住宅手当、(5)皆勤手当、(6)通勤手当ーーの6つの手当について有期雇用者に支給されないのは不当だとして提訴していました。

高等裁判所は、上記のうち(1)無事故手当(2)作業手当(3)給食手当(6)通勤手当の不支給を違法としましたが、最高裁はこれに加えて(5)皆勤手当の不支給も労働契約法20条違反と判断しました。

最高裁は手当の性質を個別にチェックし、手当の趣旨が有期雇用にも無期雇用にも該当するのであれば有期雇用への不支給を違法としました。逆に、手当の趣旨が無期雇用にのみ該当すれば不支給は適法としました。

例えば、有期雇用者には(4)住宅手当が支給されないことについて適法としています。この会社では、無期雇用者のみ転勤があるためでした。

ただし、最高裁は労契法20条に違反した場合に、会社に賠償義務があるとの判断を示しましたが、有期契約者の労働条件が無期契約者の労働条件と同一のものに置き換わる効力(補充効)は認めませんでした。

●長澤運輸事件の最高裁判決

次に、長澤運輸事件の最高裁判決を見ていきます。

長澤運輸事件は、同様に運輸業を営む会社でドライバーとして勤務していた有期雇用の従業員が、無期雇用者(正社員)には支給されている(1)能率給、(2)職務給、(3)賞与、(4)精勤手当、(5)住宅手当、(6)家族手当、(7)役付手当、(8)超勤手当について有期契約者には支給されないのは不当だとして提訴していたものです。

ただし、この事件で提訴した従業員は、

(1)もともと長澤運輸で無期雇用であったが定年後の再雇用によって有期雇用になった、

(2)「定年前の無期雇用者と、定年後再雇用の有期雇用者の業務内容等にまったく変化はない

という2点の特殊性がありました。

最高裁は、この事件でも手当などを個別的に検討する姿勢を見せ、(4)精勤手当、(8)超勤手当に関する不支給を労契法20条に違反するとしました。

最高裁が多くの手当や給与項目につき「適法」と判断したのは、定年後の再雇用であったことを極めて重視したからです。(1)定年後の再雇用は長期間の勤務を予定していない、(2)再雇用の前は無期雇用であった、(3)一定条件で年金も受給できるーーなどの理由を並べ、まったく同じ仕事をしていながら約20%もの賃金切下げを内容とする劣等処遇について、概ね適法と判断しました。

●経営側は「優遇を正当化しうるだけの職務内容」を準備する必要がある

では、これまで見てきたことを踏まえて、今後どのような影響があるか考えたいと思います。

まず今回、一部の手当は労働契約法20条違反に当たらないとの判断が示されましたが、どの会社も手当を支給しないまま逃げ切れるとは限らないと考えます。

最高裁は、労契法20条に違反するか否かについて、賃金項目・労働条件の趣旨や内容を個別にチェックする態度を示しました。そのため、単純に「住宅手当は有期雇用者に対して支給しなくても適法」などと考えるのは誤りです。

無期雇用者(正社員)を優遇するのであれば、優遇を正当化しうるだけの職務内容を準備しておかなければ違法となる、という現実を経営側も直視する必要があります。

●正社員と非正社員で連帯を

また、有期雇用者は無期雇用者と連帯する必要があります。先ほども述べましたが、最高裁は労働条件が置き換わる効力(補充効)を認めていません。そのため、無期契約者との間の具体的な差額を請求しなければ、労契法20条違反と認めてもらえません。

例えばハマキョウレックス事件では、6つの手当以外にも「家族手当」「賞与」「退職金」等が有期雇用者には支払われていませんでした。しかし、無期雇用者に支払われた「賞与」「退職金」などの具体的な金額が不明であったため、無期雇用者との差額を請求することができませんでした。そのため、最高裁でも「賞与」「退職金」等については労契法20条に違反するか否かの判断をしていません。

一般的に有期契約者は職場では少数派であり、社内の人間関係も緊密とは言い難い立場に置かれています。その上、他人の給料の中身はただでさえ聞くことがはばかられるもの。有期雇用者が無期雇用者に「給与明細見せて」などと、とても言えない状況でしょう。

しかし、最高裁判決を踏まえると、有期雇用者は無期雇用者と連帯し、それぞれの給与項目や労働条件を照らし合わせて提訴することで「勝率」を上げることが可能と言えます。最高裁判決は、結果として、有期雇用者と無期雇用者の連帯を促すことになるのではないのでしょうか。

●「正社員だから」優遇される時代は終わった

2つの最高裁判決は、無期雇用者を「優遇」するにはそれなりの正当性がなければダメだと、詳細に各種手当の性格を分析してみせました。「無期雇用者(正社員)だから」という理由のみで優遇される時代は終わったということです。

私は、今回の判決は劣等な処遇を受けている有期雇用者だけではなく、無期雇用者の中でも広く関心を呼ぶと考えています。それは、無期雇用者の中でも、職務内容を正しく反映した給与等の労働条件設定が行われていないと感じる人が多数存在するからです。若年層からの「仕事ができない高給取りのバブル世代」といった批判は世に溢れていますし、年功序列型の賃金制度に対する疑問の声も珍しくありません。

今回の最高裁判決は、無期雇用者の給与などの労働条件を優遇するなら、それなりの責任とリスクを取ってもらうことを求めています。最高裁判決に合わせて会社の雇用制度が改善されることにより、同一労働同一賃金に関する社会の意識と法制度にも変化が見られるでしょう。その意味で、今回の最高裁判決は有期雇用に関する判決という以上の影響力を持つと思います。

●「こんな劣等処遇はおかしい」声をあげよう

2つの最高裁判決は、訴えられた会社における無期雇用者と有期雇用者に関する労働条件を、個別具体的に検討しています。その上で、ハマキョウレックス事件では6つの手当のうち5つを違法とし、「定年後の再雇用だから」と多くの手当を却下した長澤運輸事件でも、2つの手当について労働契約法20条違反を認めました。

今回裁判の当事者となった2つの会社が、特殊な会社というわけでもないでしょう。日本のほとんどの会社は、有期雇用者に対して労契法20条に違反する労働条件を設定している可能性が高いと考えています。

労契法20条はとっつきにくい条文ですし、最高裁判決も有期雇用者から見れば不十分な内容でありますが、活用しない手はないと考えます。「こんな処遇はおかしい」と感じた有期雇用者が次々と声を上げることで、有期雇用者に対する劣等処遇を是正させることができるでしょう。

かつて、日本では女性が男性に比べて何年も早く定年になることが平然とまかり通っていました。しかし、今や男女が同年齢で定年を迎えることが常識です。それと同様に、「非正規雇用に対する劣等処遇なんて許されていたのか」と言われる未来を切り開くため、今回の最高裁判決が活用されることを望んでいます。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

河村 健夫
河村 健夫(かわむら たけお)弁護士 むさん社会福祉法律事務所
東京大学卒。弁護士経験22年。鉄建公団訴訟(JR採用差別事件)といった大型勝訴案件から個人の解雇案件まで労働事件を広く手がける。社会福祉士と共同で事務所を運営し「カウンセリングできる法律事務所」を目指す。大正大学講師(福祉法学)。

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