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神戸・加害教員の給与差し止めは「世論に流されすぎ」 悪しき先例となる恐れ
東須磨小(弁護士ドットコム撮影)

神戸・加害教員の給与差し止めは「世論に流されすぎ」 悪しき先例となる恐れ

神戸市立東須磨小学校で発覚した教員間の暴行問題。後輩教員に、激辛カレーを食べさせたり、日常的に暴言を浴びせたりしていた教員4人に対し、世間からは強いバッシングが起きている。

複数の加害教員が退職の意思を示しているそうだが、神戸市教育委員会は受理しない方針をとっている。処分前にやめられると退職金が発生するし、懲罰歴が残らないからだ。

さらに教員4人が有給休暇で自宅謹慎になっていることを問題視されると、今度は条例を改正。10月31日から「分限休職処分」として、給与を差し止めた。同日の会見で、市教委は「民意を反映」したという。

確かに教育者が率先して「いじめ」をしていたことは大きな問題だ。一方で処分が世論に左右されて良いのだろうか。処分の問題点を秋山直人弁護士に聞いた。

●退職させないのは法律上問題ない

ーー通常、労働者が退職届を出せばやめられると思うのですが、受理しないという市教委の態度は問題ないのでしょうか?

「民間の労働者の場合、退職届を出せば、原則として2週間の経過によって自動的に労働契約を終了させることができます。

しかし、公務員の場合には、退職についても『依願免職』等の任命権者の行政処分によって退職の効果が発生すると解されており、退職届を出したから自動的に退職できるという法律にはなっていません。

そして、職員が懲戒事由に該当するときに退職の申し出があっても、任命権者は、退職を承認せず、懲戒免職にしたり、戒告、停職などの懲戒処分をした上で退職を承認することができる、と一般に解されています」

●退職金の不支給、裁判で争われることも

ーー行為自体は問題だとしても、退職金を減らしたり、なくしたりすることは問題ないのでしょうか?

「公務員の場合、在職中に懲戒免職等の事由があると、退職しても、退職金の全部または一部を支給されないことがあります。

神戸市でも、退職した者が懲戒免職等処分を受けて退職した者であるときは、次のような要素を勘案して、退職手当の全部または一部を支給しないこととする処分ができる、と規定しています(神戸市職員退職手当金条例11条の2)。

(1)当該退職者が占めていた職の職務及び責任 (2)当該退職者の勤務状況 (3)当該退職者が行った非違の内容・程度 (4)当該非違に至った経緯 (5)当該非違後における当該退職者の言動 (6)当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度 (7)当該非違が公務に対する市民の信頼に及ぼす影響

なお、退職手当の全部または一部の不支給処分については、公務員側で審査請求、行政訴訟等の法的手続で争うことができますし、事案により、全部の不支給は重すぎるといった裁判所の裁判例も相当数出ています」

神戸市役所(kazukiatuko / PIXTA) 神戸市役所(kazukiatuko / PIXTA)

●「条例の制定、適用には問題あり」

ーー神戸市は給与を差し止める条例をつくりました

「今回、加害教員が有給休暇を取っていることが世間から批判され、神戸市議会は、急遽、職員の分限及び懲戒に関する条例を改正しました。

その内容は、『重大な非違行為があり、起訴されるおそれがあると認められる職員であって、当該職員が引き続き職務に従事することにより、公務の円滑な遂行に重大な支障が生じるおそれがある場合』にも分限休職処分とできるというものです。

また、休職期間中、通常は給料等の6割が支給されるのですが、一切支給しないこともできると改正しました。

そして、改正条例を直ちに適用し、4名の加害教員を分限休職処分とし、給与の支払いを差し止めました。

市教育委員会が事前に諮問した『職員分限懲戒審査会』では、改正条例を適用することは不相当であるとの結論だったにもかかわらず、市教育委員会の判断として、決定したものです。

このような条例の制定及び適用については、問題があるように思います」

●審査会を無視して決定「悪しき先例となることを懸念」

ーー具体的にはどのような部分でしょうか?

「公務員は、地位や給与のことを心配せず、安心して公務に専念できるよう、その地位や給与が保障されるというのが原則です。

今回、特定の対象者を念頭に、問題の非違行為があった後に条例を改正して、直ちに改正条例を適用するというのは、法律・条例の遡及適用禁止の原則から問題があるように思います。

差し止めたのは適用後の給与であるから、遡及適用ではないと解釈されているようですが、『重大な非違行為』自体は条例改正の前の事実なわけですから、問題のある解釈であると思います。

また、最も問題だと思うのは、市議会の付帯決議でも恣意的な運用を防ぐため諮問が必要とされ、市教育委員会が諮問した職員分限懲戒審査会で、4人の加害行為には軽重がある、起訴される蓋然性が高いとまではいえないとされ、改正条例の適用は不相当であるとの結論が出たにもかかわらず、市教育委員会が、審査会の結論を無視して、独自に改正条例の適用を決定した点です。

職員分限懲戒審査会への諮問は、公務員の身分保障の観点、分限や懲戒の恣意的な運用を防ぐ観点から行われているはずですが、審査会の結論を無視するのでは、何のための審査会でしょうか。

教育委員会の教育次長は『民意を重く受け止めた』と記者会見で話したようですが、世論を意識した政治的な判断と批判されてもやむを得ないと思います。

加害教員の行為が厳しく非難されるのはそのとおりだと思いますが、条例というものは様々な事案に適用されるものであり、恣意的に適用されることがあってはいけません。

今回の条例改正とその適用は、公務員の身分保障の大原則をないがしろにし、世論に流され、冷静さを失ったものであるように思います。悪しき先例となることが懸念されます」

プロフィール

秋山 直人
秋山 直人(あきやま なおと)弁護士 秋山法律事務所
東京大学法学部卒業。2001年に弁護士登録。所属事務所は四谷にあり、不動産関連トラブルを中心に業務を行っている。

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