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香川県ゲーム規制条例に「根拠」はあったのか? 研究者や弁護士からシンポで批判続出
齋藤長行氏資料より(2020年6月24日/JIISシンポジウム)

香川県ゲーム規制条例に「根拠」はあったのか? 研究者や弁護士からシンポで批判続出

全国で初めて、子どものゲーム利用時間を定めた香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」。オンラインゲームなどの依存症から子どもを守る目的で制定されたが、保護者に対して子どものゲームの利用を1日あたり60分までにする努力義務を課しており、利用時間まで県が定めることは行き過ぎであるとして、批判も受けている。

一般財団法人「情報法制研究所」(JILIS=鈴木正朝理事長)は6月24日、オンラインのシンポジウム「“香川県ネット・ゲーム依存症対策条例”を考える」( https://www.jilis.org/events/2020/2020-06online.html )を開催、研究者らがさまざまな議論をおこなった。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●「ゲーム障害当事者が必要としてない治療を強いるのはナンセンス」

シンポジウムではまず、ひきこもりに詳しい社会学者で大阪大学非常勤講師の井出草平さんが、条例の根拠となったWHOのゲーム障害について「一般にわかりづらく、大きな誤解がある」と指摘。60分の時間制限の根拠とされた香川県学習状況調査についても、データを恣意的に抜き出しているうえに、因果関係と相関関係を混同しているとした。

井出さんによると、精神医学ではWHOの判断基準ICD(疾病及び関連保険問題の国際統計分類)やアメリカ精神医学会のDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)などの診断基準が利用されているという。

「この2つの診断基準は、精神に関する問題を網羅したもので、臨床で見られるあらゆるものが掲載されています。しゃっくりや同性愛、勃起障害すら、WHOのICDには記載されています」と説明。治療の必要があるのは、当事者がそれを苦痛に感じて、治療を望んでいるときに限られるとした。

そのうえで、今回の条例のように、当事者が治療を必要としていないにもかかわらず、行政が治療や予防を強いるのは「ナンセンス」だと批判。

「ゲーム障害を含む精神障害が『疾病』(病気)ではなく『関連保健問題』とされていることも重要で、『ゲーム障害=病気』という誤解が、治療すべき悪という価値判断に正統性を与えてしまっている」と述べた。

●「関係のない9割以上の人を巻き込むのは有害だ」

次に、井出さんは、ドイツでおこなわれたゲーム障害に関する研究を紹介した。生活に支障をきたしているゲームプレイヤー約900名を2年間追跡調査したところ、2年後には、9割以上で問題は見られなかったという。

問題のあるゲーム利用が2年間続いたケースは約1%に過ぎないことから、井出さんは「問題のある1%を見つけて介入するのが合理的。関係のない9割以上の人々を巻き込むのは有害です」とした。

また、60分の時間制限の根拠とされた香川県学習状況調査についても、データを恣意的に抜き出しているうえに、因果関係と相関関係を混同していると指摘。県議会がゲーム依存の弊害で重視した久里浜医療センターの研究については、「ゲーム障害の入院や外来をおこなっているが、治療成績は記録していないようです」として、研究自体に疑問を呈した。

●「パブコメは雛形で投稿されていた疑いが払拭できない」

JILIS上席研究員で、東京国際工科専門職大学教授の斎藤長行さんは、条例可決前に寄せられたパブリックコメントについて、メディアで指摘されているように「雛形を使って投稿されていたか」「連続投稿されていたか」「同文が投稿されていたのか」などを検証し、その定量分析結果を発表した。

発表によると、賛成意見の文字数は約35文字なのに対して、反対意見の文字数は約1400文字で、品詞をすべてカウントすると賛成意見は4万3103語だったのに対し、反対意見は29万569語と、両者の間に大きな開きがあることがわかったという。

そのうえ、賛成意見では「未来」「期待」といった単語が特徴的で、主観的な理由での賛成にとどまるのに対して、反対意見では利用制限の妥当性を問う単語や、利用時間制限を定めた条例18条への反対の単語、科学的根拠がないことに言及する単語が出現し、客観的で多様な理由が述べられていることが読み取れるとした。

また、投稿日時に着目した分析では、反対意見はパブコメ募集開始日と最終日にわずかなピークが見られるのに対し、賛成意見は募集期間の15日のうち2月1日から3日の3日間に投稿が集中していた。特に、2月1日には1000件を超える投稿がなされ、ほぼ1分おきに送信されていた。

これらの賛成意見には、ほぼ同じ文章のものが複数パターン確認され、中には「ゲーム」を「グーム」、「依存症」を「依存層」とタイプミスした投稿も複数、同じ時間帯に投稿されており、「雛形を使った疑いは払拭できません」と結論づけた。

●県弁護士会元会長「稚拙な条例、香川県民として恥ずかしい」

続くパネルディスカッションでは、これらの発表を受け、広島大学客員准教授の大島義則弁護士が「ゲーム障害が病気ではないとなると、条例の立法事実そのものがなかったことになるのではないか」「多様な意見をすくい上げるはずのパブリックコメントで多数派工作をすることは制度の趣旨として正しいのか」と語った。

香川県弁護士会元会長の馬場基尚弁護士は「稚拙な条例で世間を騒がせ、香川県民として恥ずかしい」としたうえで、この条例が憲法13条に反するとして廃止を求めた県弁護士会長声明を紹介した。

加えて、「日本会議に所属している議員が家族教育支援法を香川でも条例化したいと考え、ネット、ゲーム規制という看板で反対派を取り込もうと画策、革新系議員はそれを見抜けなかったのではないか」と当時の県議会の状況を話した。

「日ごろから憲法を守れと呪文のように唱えている議員たちが、(憲法13条に定める幸福追求権の侵害になりうる)この条例にやすやすと賛成を投じてしまったことは残念」

時間制限を設けずに、ネットやゲームを適切に利用する方法について話題が及ぶと、「無関係な9割を巻き込む条例のような手段を取る前に、啓発活動や誘導的政策をとるべきだった」(大島弁護士)、「石川県のいしかわ子ども総合条例(編集部注:小中学生に携帯を持たせないよう保護者に努力義務を課した条例)の失敗からわかるように、『北風』アプローチはうまくいかない。地道な啓発活動しかない」(斎藤さん)など、啓発活動をおこなうことで登壇者は一致した。

井出さんは「そもそもゲームの問題ではなく、家庭内のコミュニケーションの問題である可能性がある。親子が話し合い、子どもの生活世界をきちんと知って落としどころを探っていくのが必要」と助言した。

●親の懸念にどう応えるべきか

聴衆からの質問では、「子どものゲームプレイ時間が増えているのだが、ゲーム障害にならないか」など、親の懸念にどう応えるべきかについての質問があがった。

これに対して、井出さんは「ゲーム障害が単独で起こることはなく、ほかの精神障害、うつ病やADHD、不安障害などに併発するのが実態です。普通の人がゲームを長時間やっているだけでゲーム障害になるということはほぼないと言えるでしょう」と回答した。

今後、JILISでは、今回のパブコメのテキストデータを含め、香川県に対して情報公開請求している資料などの公開を検討していくという。

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