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東京五輪チケット、新型コロナで中止だと「払い戻し不可」? 福井健策弁護士に聞いた
東京五輪の舞台となる予定の新国立競技場(2020年3月6日、弁護士ドットコムニュース撮影

東京五輪チケット、新型コロナで中止だと「払い戻し不可」? 福井健策弁護士に聞いた

新型コロナウイルスの感染拡大が東京五輪の開催に影を落としている。組織委員会はこれまでに、508万枚のチケットを販売。最終的な予算ではチケット収入で約900億円の収入を見込んでおり、組織委員会では「好調」としていた。

しかし、にわかに注目を集めているのは、万が一、開催されなかった場合、チケットの払い戻しは可能か、という点だ。朝日新聞が3月18日、大会関係者への取材として「チケットの払い戻しは不可」と報じた。

組織員会は報道を否定したが、ネット上では、「規約に同意した自分の責任だが・・・」「納得するには金額が大きすぎる」といった不安や落胆の声が挙がっている。

本当にチケットは払い戻しされないのだろうか。福井健策弁護士に聞いた。

●利用規約「不可抗力には責任を負わない」はどうなる?

「問題となるのは購入者全員が同意したことになっている、『東京2020チケット購入・利用規約』( https://ticket.tokyo2020.org/Home/TicketTerm )だ。

かつてこちらの記事( https://www.bengo4.com/c_23/n_9633/ )で解説した通り、チケット規約は相当に組織委員会や国際オリンピック委員会(IOC)の有利に組み上がっている。そこでは、払い戻しについて何と書いてあるか。関連しそうな条文としてまず目につくのはふたつある。

ひとつは、話題になっている「不可抗力」の規定だ。

『第46条(不可抗力)
当法人が東京2020チケット規約に定められた義務を履行できなかった場合に、その原因が不可抗力による場合には、当法人はその不履行について責任を負いません。』

『不可抗力には責任を負わない』とある。朝日新聞の報道では、まさに関係者はこの不可抗力の規定を理由に、払い戻しをしない見通しを述べたことになっている。そしてネット上では、「規約上は払い戻しされない」という情報と無念の声が急速に広がっている。

果たして、そう読めるだろうか。

確かにこの46条は、『不可抗力で観客に損害を負わせても賠償責任は負わない』という意味には取れるだろう。エンタメ契約ではよくある規定だ。が、それを超えて『払い戻しをしない』という意味にまで読めるのか?

この点は、このコラム( https://www.kottolaw.com/column/200227.html )でも詳しく書いた。新民法によれば、仮に不可抗力的な理由でイベントが中止された場合、原則として観客はチケット代金の支払を拒み、あるいはチケット購入契約を解除できる(536条1項、542条1項1号)。

つまり払い戻しは必要、が原則になりそうだ。

では、規約46条の『不履行の責任は負いません』はその原則を覆して、払い戻し不要とするほど強い条文に読めるか。

恐らく、厳しいだろう。なぜなら、チケット規約にはもうひとつ、決定的な条文があるからだ。規約39条、まさに中止に関する規定だ。

『第39条(セッションの中止)
1.当法人は、自らの裁量により、セッションを中止することができます。(略)
3.セッションが中止された場合は、チケット購入者は、東京2020チケット規約に従って払戻しを申請することができます。』

この39条に先立つ37条1項を見れば、中止の理由には悪天候や安全確保など、明らかに不可抗力を意識した理由も含まれているので、これは不可抗力を含めてセッションが中止になった時にはチケット代は払い戻す規定、と読める。

39条で不可抗力を含めて「払い戻す」と書いておきながらそれを別な条文で覆すというのは矛盾だし、そこまでしたいなら後の46条にはよほど明確に「払い戻さない」と書いていないと難しいだろう。

つまり、(「中止」の判断が仮に不可抗力と言えるとしても)チケット代の払い戻しは必要に思える」

●「中止」ではなく、「延期」の場合はどうなる?

では、「中止」でなく「延期」だったらどうなるのだろうか?

「見落とされているが、今回取り沙汰されているのはオリンピックの中止ではなく「延期」であり、チケット規約には実はもうひとつ条文がある。38条だ。

『第38条(セッションの遅延)
1.セッションの開始時刻が遅れたとしても、セッションが同日中に終了した場合には、そのセッションのチケットは払戻しの対象にはならず、また、別のセッションのチケットに交換することもできません。(略)
3.セッションが中断され、実質的にも完了していないと当法人が判断し、さらに、当初から予定されていた既存のセッションとは異なる新規セッションが設定された場合には、当法人は、当法人の判断により、(1)チケット保有者が元のチケットを使用して新しいセッションを観覧することができる、または(2)新しいセッションのチケットには変更せず、東京2020チケット規約の定めに従ってチケット購入者に対する払戻しを認める、のいずれかの取扱いをいたします。』

つまり、セッションが別日程に変更などされた場合には、組織委員会は(1)延期後の日程への振り替え、(2)払い戻し、のいずれかを選べることになっている。これこそ延期の場合の、ごく常識的な措置だろう。

ここで疑問がわく。朝日新聞の報道にある通り、大会関係者が(本当に「払い戻ししない」と言ったとすれば)どういう意味で言ったのか、だ。

『(A)チケットは無効になり、一切払い戻しをしない』なのか、『(B)来年以降のチケットに振り替える予定なので、その場合には払い戻しはしない』なのか。

(A)は無理な解釈に思える。(B)は、少なくとも規約には沿っているかもしれない。そもそも規約上、日程変更は自由とされている(37条1項)。

もっとも、本当に新型コロナウイルスによる来年以降への延期は、38条の想定した『新セッション』にあたるのだろうか?

規約が対象としているのは『本大会のチケット』であり、『本大会』の定義は『第32回オリンピック競技大会(2020/東京)および東京2020パラリンピック競技大会』と、すがすがしいほど『2020』と明記されている(1条8号、23号)。

果たして、2021年(又は22年)に延期された大会は、『2020/東京』なのか。そうでないとなれば、38条の適用はさすがに厳しく、やはり払い戻しをせよとなりそうだが、この点は更に検討したい。

あくまで暫定的なコメントだが、チケット振り替えならば一応はグレー、振り替えのない払い戻し拒絶は法的に厳しい、となろうか」

●五輪の社会的信用

他にも問題はある?

「一番大切な問題は、別にある。オリンピックへの人々の信頼だ。

現在、多くの民間イベントの主催者は、高額の損失を抱えつつもチケット購入者への払い戻しを続けている。法的な理由もあるが、彼らはそうすることで何より大切なファン達との信頼関係を守った、と思える。

その中で、組織委員会・IOCが仮に、チケット振り替えの約束もせず、少なくとも一般人には不可解な規約解釈で彼らが楽しみに払った900億円を返金しないとすれば、オリンピックへの人々の期待や信頼を保てるのか。今後どんな顔をして「オリンピックを盛り上げよう」と言うのか、である。

仮にそれで良いのだとなれば、コンサート・舞台などのイベント主催者も、今後は『払い戻し無し』の規約に舵を切ることになるかもしれない」

●組織委員会は「払い戻し不可」を否定

組織委員会は3月18日、弁護士ドットコムニュースの取材に対して、次のようにコメントしている。

「規約には『払い戻しは不可』との記載はなく、報道は事実とは異なる。 ​ 昨日(3月17日)、IOCの理事会発表もあり、7月24日の大会開幕に向けて計画通り準備を進めているところ。中止は全く検討していない。​

大会の中止を前提として議論することは適切ではない。​

組織委員会、IOC及びIPC(国際パラリンピック委員会)は、これまで同様、事態の推移を注視しつつ、ステークホルダーと連携をとりながら、予定通り安全安心な大会運営に向けて準備して参りたい」 

プロフィール

福井 健策
福井 健策(ふくい けんさく)弁護士 骨董通り法律事務所
骨董通り法律事務所 代表 弁護士・ニューヨーク州弁護士。日本大学芸術学部・神戸大学大学院・iU ほか 客員教授。専門はエンタテインメント法。内閣府知財本部・文化審議会ほか委員。「18歳の著作権入門」(ちくま新書)、「ロボット・AIと法」(共著・有斐閣)、「インターネットビジネスの著作権とルール(第2版)」(編著・CRIC)など知的財産権・コンテンツビジネスに関する著書多数。Twitter:@fukuikensaku

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