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事故のドライバー、無罪だったのに免許戻らず職失う…「行政の対応ひどい」弁護団がクラファン
提訴するため裁判所に向かう弁護団(木村道也弁護士提供)

事故のドライバー、無罪だったのに免許戻らず職失う…「行政の対応ひどい」弁護団がクラファン

福岡県内で発生した交通事故の刑事裁判で無罪となった後、取り消された運転免許の見直しを求め提訴した女性(優子さん)を支援するプロジェクトが2020年7月、ネットで資金を募る「クラウドファンディング」の形式で始まった。

優子さんは、交通事故で相手に重傷を負わせたとして、自動車運転処罰法違反(過失傷害)の罪に問われたものの、「過失があったとは認められない」として無罪が確定。免許取消処分の理由がなくなったとして、免許を事故前の状態に戻すよう警察側に要請した。

ところが、警察側は「免許取消処分は変更しない」と回答。事故から3年以上経過しているが、いまだ事故前の状態に戻っていない。優子さんは免許取消処分の無効確認を求め、このほど福岡県を相手に行政訴訟を起こした。

この裁判を支えようと、弁護団や支援者が呼びかけて始まったのが、「無罪のあと、ちゃんとしよう!プロジェクト」だ。クラウドファンディングサービス「READYFOR」で支援を募っている(https://readyfor.jp/projects/innocent-menkyo2020)。

弁護団は「優子さんはドライバーの仕事も失うなど生活に困窮している。無罪が確定したのに、かたくなに処分を改めようとしない行政はおかしい」と話している。(編集部・若柳拓志)

●無罪確定も免許は戻らず…「どう考えてもおかしい」

ドライバーが交通事故を起こした場合の処分には、「行政処分」と「刑事処分」がある。行政処分は、都道府県の公安委員会(行政)が行うもので、いわゆる点数制度による免許取消処分もこれに当たる。刑事処分は、裁判による懲役刑や罰金などの刑罰だ。

この2つの処分は、それぞれの手続きや判断で行われているため、「たとえ刑事裁判で無罪となっても直ちに行政処分が無効等になるわけではない」というのが制度上の建前となっている。このため、あらためて行政訴訟を提起して取り消しや無効を求める必要が出てくる。

しかし、弁護団のメンバーである木村道也弁護士は、「無罪を勝ち取っても、免許取消処分を見直してほしいなら『行政訴訟して』だなんておかしい」と話す。

「徹底した証拠調べを行った上で事実認定を行う刑事裁判で無罪になっても、公安委員会が警察の捜査資料で硬直的に行う処分が見直されないなんて、明らかにおかしな運用です。

行政処分と刑事処分が別物だとしても、免許取消処分の見直しは、警察側が自主的に職権で行うことができます。『無罪判決が確定したのですね、処分を見直します』で済む話です。 でも、警察側はそれをしません。

特に今回の優子さんの件では、処分を見直さない合理的な理由など何一つありません。刑事裁判の判決では、警察が設定した事故形態は否定され『過失があったとは認められない』とされています。

このような件までも、行政訴訟で裁判所に『免許取消しは間違っている』と言われない限り見直さないという警察側の姿勢には、大きな問題があると言わざるを得ません」

●「まずはこの問題を広く知ってもらいたい」

その問題提起が、プロジェクトを立ち上げた理由の一つだという。

「警察側が自主的に見直さない以上、現状では、行政訴訟で免許を取り戻すしかありません。

ただ、行政訴訟は、通常の民事訴訟と比べて原告勝訴率が低いことで知られています。訴訟法の技術的な問題もありますが、裁判上で主張される内容が難しいことや、あまり報道されないということから、重要度の割に、世間から注目されていないことも影響しているかもしれません。

世間の注目が裁判にどう影響するのかと思われるかもしれませんが、裁判所も世間の反応を見ていると思います。

憲法上、裁判は公開の法廷で行うとされています。これは、裁判官が独りよがりなことをしないよう、国民が監視するための手段であるといわれています。世間の注目(反応)も国民による監視の一形態といえるのではないでしょうか」

たしかに、裁判所といえども、誰もが「おかしい」と考えていることを、「いや、それでいいんだ」とは簡単に言えないだろう。

「そこで、まずはこの問題を広く知ってもらおうと始めたのが、『無罪のあと、ちゃんとしよう!プロジェクト』です。このプロジェクトが現状を変えるきっかけになってくれればと思っています」

●弁護団は手弁当で活動、「本当にそれでいいのか?」

プロジェクトを立ち上げたもう一つの理由について、木村弁護士は「金銭的な問題」だと率直に話す。

「優子さんは免許を失ったことでドライバーの仕事も失うなど生活に困窮しており、十分な資力がない状況です。

本来であれば、訴訟でかかる費用は当事者が負担しますが、優子さんの行政訴訟は弁護団の手弁当で行われています。ないお金をもらうことはできません」

なぜ、報酬も費用の支払いもない状況でも支援するのか。

「優子さんと同じように、無罪や不起訴になったのに、行政処分(免許取消しや点数付加)がそのままにされ、泣き寝入りになっている人は、実は全国にたくさんいらっしゃるのではないかと考えています。

今回の問題を契機に、まずは『無罪になれば免許取消し処分を自動的に見直す』ような運用がされることを目指したいと思っています。

行政訴訟はこの目標への第一歩であり、社会的意義があります。だからこそ、手弁当でも構わないという5名の有志が集まりました。しかし、手弁当で良いとは決して思っていません」

行政訴訟は審理期間の長いケースが多い。「報酬なし、必要経費は持ち出し、訴訟終了まで相当時間がかかる」という状況で、経済的な不安を一切抱えることなく活動し続けられる弁護士がどこにでもいるわけではない。

そこで考えたのが、クラウドファンディングの活用だ。きっかけは、日本で初めて裁判費用をクラウドファンディングで集めた亀石倫子弁護士の存在だという。

亀石弁護士は、クラウドファンディングで費用を集めたいわゆる「タトゥー裁判」において、控訴審での逆転無罪判決を得た(2020年8月11日時点、最高裁で審理中)。

「クラウドファンディングの活用を訴訟活動につなげた大きな先例と言えると思います。

『社会的意義のある訴訟なら、手弁当でもやるべき』ということで、本当にいいのでしょうか。社会的意義のある訴訟でも、報酬の発生する仕事としてできるようにしたいと考えています」

自分たちの現状を良しとしてしまっては、「どれほど社会的意義のある訴訟でも、お金がないならやらないよ」ということにもなりかねない。弁護団にはそんな危機感もあるようだ。

●クラウドファンディングでのプロジェクトは「元気玉」

クラウドファンディングで集まった支援金はどう使われるのか。木村弁護士は「弁護団の弁護士費用や、裁判で意見書などを提出するにあたって専門家へ依頼する際の実費などに使う予定」と説明する。

「目標金額は200万円としましたが、正直なところ、実際にかかる費用や実費は200万円を超えるでしょう。結局は手弁当になってしまうだろうというのが実情です」

それでも、「この金銭的な支援は、単なる資金援助ではない」という。

「クラウドファンディングでお金を出して支援してくださる方は、この問題に興味を持っている人です。

そういった方々はこの問題を継続的に追ってくれますし、周りの人へ伝えてくれるなど、さらに広く知ってもらえる可能性を高めてくれます」

その上で、クラウドファンディングでのプロジェクトを「元気玉のようだ」と表現する。(編注:元気玉は漫画『ドラゴンボール』で主人公・孫悟空が使う必殺技)

「みなさんの力を少しずつでも分けてもらえれば、大きな力になり、それが社会を変える原動力となる。今回のプロジェクトにはそんな大きな意義と可能性があると考えています」

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