弁護士ドットコム ニュース
  1. 弁護士ドットコム
  2. 民事・その他
  3. 罪を犯した人にも「お帰りなさい」と言える町に 泉市長に聞く「優しい町」の作り方
罪を犯した人にも「お帰りなさい」と言える町に 泉市長に聞く「優しい町」の作り方
泉房穂市長(2023年2月、弁護士ドットコムニュース)

罪を犯した人にも「お帰りなさい」と言える町に 泉市長に聞く「優しい町」の作り方

「万人に好かれるリーダーも、今の時代はしんどいんちゃいますかね」。そう語る明石市の泉房穂市長。子育て政策が度々注目されてきた明石市だが、犯罪被害者、LGBTQ+など幅広い政策に取り組んできた。どんな思いで政治家となったのか。泉市長の原点についても、エッセイスト・紫原明子氏が聞く。

●「明石は子どもの町で、優しい町」

(紫原)コロナや物価高騰などで、市民の生活がどんどん苦しく、厳しくなっていく中で、他者に対する思いやり、優しさをもつのが難しくなってきているのかもしれません。市長の著書(「社会の変え方」)の中に、子育て支援政策を進める中で、町の人の価値観も変わってきて、思いやりが育まれてきたとありました。

(泉)最近、市民から「町が優しくなった」と、ほんまによう言われます。私自身が「優しい町をつくりたい」と思って政治を志し、困った時に自然に支え合い助け合う、そんな町を作りたいと思っていたので、そういう観点からするとありがたい言葉なんです。

具体的にいうと、昔は子どもが泣いていると、ちょっと冷たい目をされたけど、今は子どもが泣いていても、みんな微笑ましい顔をすると。障がいをお持ちの方からも「ちょっと前までは駅前行きにくかったけど、今は重い荷物持ってたらもう次々に声かけて『荷物を持ちますよ』とか『どうぞ』という町に変わった」と。本当に声を掛け合うというか、そういう町に変わったと。

●「配慮」だけではなく「見える化」のメッセージングが必要

(泉)私が強く意識したのは、例えば障がいをお持ちの方に対する配慮というテーマですけど、これも単に「配慮してください」ではダメなのであって、見える化が要るんです。

明石市では「市が全額を助成しますので、段差が2段あれば2段の段差を解消する簡単なスロープを付けてください」とか、「筆談ボードを飲食店に置いていただけませんか?全額持ちます」とお願いしました。今は、市内のほぼ全てと言っても良いぐらいのお店に筆談ボードが置かれ、メニューは次々点字化していってます。

それが使われなくてもいいんです。メッセージです。町の風景が変わると、人は優しくなれると思います。口、気合いだけでは駄目で、見える化が要ります。町の風景が変わって人の気持ちが変わり、そして町が、人が優しくなって暮らしやすくなる。順番だと思っているので、それはかなり強く意識してやってきました。

●少数者的立場にスポットを当てることで「安心」が生まれる

(紫原)私は子育てをしていて、何か強烈に拒否されたことはないんですけど、いい母親なのか、迷惑をかけない母親なのかジャッジされているような気持ちになることはたくさんありました。マイノリティーの立場になると、普段は開かれてる扉が全部自分の前で閉まっているような気持ちを抱えてしまいますよね。

(泉)政治というのは少数者のためにあると考えています。光と影の光はもう光ってるんですから、影の部分に光を当てるのが政治。そもそも人は、多数(側に立つ)面もあるし、少数(側に立つ)面もあるんです。多数の時は自分でやれるんです、少数になると誰かの助けが要るんです。

この少数者的な立場に対して、政治行政が手を差し伸べる、光を当てる制度を作ると安心が生まれるんですね。明石がやろうとしているのは、その政策です。本来の政治行政の役割と思っています。

●罪を犯した人にも「お帰りなさい」と言える町に

(泉)明石市では犯罪に遭った方に対して立て替え制度をおこなっています。賠償金の泣き寝入りではなくて、明石市が加害者に代わってお金をお渡しして立て替えて、加害者からしっかりと回収を図る。全国初、唯一の条例も作り、実際の運用もしています。

それに加えて、犯罪を犯した方が明石に戻ってくる時に、明石市では「お帰りなさいとみんなで言おう」というキャンペーンをやる。「罪を犯した人はあっちへ行け」「帰ってくれ」ではないんです。「帰ってきて良かったね」「これから一緒にやろうね」なんです。

どういういった思いで言ったかというと、「前回は人を突き飛ばして物を盗んだ人は、次は黙って盗んでください」と。つまり「人を突き飛ばしたら怪我人が出ますから。黙って盗んだら、確かに物はなくなりますけど、人はケガしません」。そうすると、犯罪は軽くなります。

前回はすぐに1週間でもう一回泥棒した人は「せめて半年我慢して」と思います。そうすると犯罪の数は減るんです。つまり、完璧を求めるよりも出来ることを増やしていく。そういった町の方が町としてはより安全な場所になっています。

犯罪被害にあった後の救済の被害者支援も大事だけど、そもそも被害者を出さないのが大事です。被害者を出さないために加害者を出さない。加害者を作らないためには、支え合った方が、孤立させない方が加害者は減るんですよ。

●市長の発信するメッセージを最初に受け取ってくれるのは市民

(紫原)それに対して、市民の反応はどうでしたか?

(泉)それがウケいいんですよ。市民がそれに対して「一緒にやろう」という町に変わった。

(紫原)メッセージが意図通りにちゃんと伝わるのは、すごいことですよね。

(泉)一番最初に伝わるのは市民なんですよ。市民が共感すると、それを受けて選挙で選ばれる議員さんも市民の空気感を見て、明石の政策の応援に変わる。議員が変わると、市の職員も安心して、「じゃあやっていいね」に変わる。実は順番は市民→議会→職員の順番です。

よく言われるのは明石だったら二人目産めると。明石だったら安心があるっていうことですよ。キーワードは「安心の供与」です。現金ではないね。現金の札束でほっぺたをひっぱたくような政策ではなくて安心を提供する。

「これからも大丈夫だよ」「何かあっても一緒に頑張ろうね」というメッセージです。そのメッセージが市民に伝わるかどうかが、私は分かれ目だと思いますね。

●子ども支援に所得制限をもうけない理由

(紫原)明石市では、子ども支援に所得制限をもうけていないのも特徴的ですね

(泉)所得制限というのは子どもを見ていないんですよ。私は所得制限をかけるんだったら、子どもにかけるべきという考えです。有名な子役はたくさん稼いでるけど、ほとんどの子どもたちは、子ども自身は稼げない。だから例えば、明石市は今、小中高校の女子トイレに生理用品を無償で置いています。

子ども施策とは未来施策ですから、町のみんな、社会のみんなで子どもたちを支えて、その子どもたちが社会の支え手としてこれからの町を作っていくんです。その施策に親(の所得)を基準にするのは、理念的、哲学的に間違っています。

●「市長になって町を優しくする」と自分に誓ったから

対談の様子 対談の様子

(紫原)今は、政策を条例化したり、市長が退任してもしっかり続けていけるような仕組みを整えているそうですね

(泉)「こんな冷たい明石の町を優しくしたい」というのが、自分の子どもの頃の誓いです。で、何とか市長にたどり着いて。自分は昔から「優しい社会を明石から」と言い続けてきました。大きな社会でも金持ちの社会でもなく優しい町、優しい社会なんです。それを作りたいと思ったんです。

「優しい社会を明石から」の「明石から」には2つ意味があって、一つ目は「明石から始める」の意味です。誰もしなくても、最初に勇気を持ってチャレンジする。できないという思い込みを脱して、国がしなくても明石でやるんだという一つの思いですね。

もう一つの「明石から」の意味は、「明石から全国に広げていく」ということ。他の自治体でもできるし、国でやるべきことなんだという想いが強くあります。明石から全国に広げ、国にやっていただく段階にシフトするというイメージでしょうかね。

私の責任としては、駅伝でいうと中間走者ですから。私がゴールを切ろうと思ったことありません.自分の区間を、精いっぱい走り切って、次の方にたすきをつなぐ役割。次の方にちゃんとつなぐまでラストスパートで走り切る。

議会をしっかりと一緒にできる方々を過半数にするまでは体制作りする。それが私の役割と思っている。それをしっかりとやり遂げて、明石から広げていく。

これまでのリーダー像は、これまでを踏襲するリーダーがほとんどです。方針転換ができるリーダーは、ほとんどいません。そういう意味では、本当は地方の方が方針転換は早いです。地方は、直接選挙で市長や知事が選ばれますから、一気にトップが変わるし、予算の編成権、人事権などの権限も強いです。

明石市長として、予算編成権を行使して、それまで年間125億程度しかなかった子ども予算を、直近では297億円まで2倍以上に増やしました。市長はできるんです。予算編成権があるから、子どものお金を倍増できる。人事権があるから、子どもに寄り添う職員数を3倍できるんですよ。それをやるだけですよ。全然難しくないです。

ただそうすると、予算の減ったとことか、職員数の減ったところからは当然愚痴出ますわね。そこに関係する業界からは怒られますわね。

万人に好かれるようなリーダーも、今の時代はしんどいんちゃいますかね。嫌いになられたらあきませんけどね。

●市民のすべきアクションとは

(紫原)有権者が自分たちの町でも、そんな優しい社会を実現したい。で、そういう人に首長さんになってほしいとか思った時にどういうアクションがあるんでしょうか?

(泉)声を上げることですよ。今であればSNSを使ってつぶやくことも含めて、そういった声の集まりが町を変えてくれる、政治を動かしてくれる。また例えば議員さんとか市長さんと関わる機会があれば、言えばいいわけでしょう。市民の素朴な声をどんどん上げていくこと。あとできる方は立候補することです。

選挙はすごく美しいと思っていて、こんなキャラの濃い私を立候補させてもらえるんですよ。禁止されないですよ。「お前、声デカくてうるさいから選挙あかん」って言われない。

さらに美しいのは、全員が1票なんですよ。どんな金持ちも1票。どんな貧乏人も1票。金持ちや有力者が多いわけじゃないんですよ。普通の庶民が多いんです。ちゃんと普通の庶民の方を向いた政治をすると、選挙は本当に通るんですよ。

私はそう思っていたので、最初の市長選挙からどこの政党も有力者も要りませんと。もう「市民だけで十分です」と言って立候補したわけですから。ちゃんと通り続けてますから。今もそうですけど。そういう意味では、まあおかげさまで選挙じゃ絶対負けないですよ。

市民のために政治をやってるんだから、市民がちゃんとわかってくれてると思うから。それは本気でやればいいだけやと、本当に思いますけどね。

オススメ記事

編集部からのお知らせ

現在、編集部では正社員スタッフ・協力ライター・動画編集スタッフと情報提供を募集しています。詳しくは下記リンクをご確認ください。

正社員スタッフ・協力ライター募集詳細 情報提供はこちら

この記事をシェアする