弁護士ドットコム ニュース
  1. 弁護士ドットコム
  2. 国際・外国人問題
  3. 元入管職員の弁護士が語る「入管職員の人権意識」、なぜ消えて失せてしまうのか
元入管職員の弁護士が語る「入管職員の人権意識」、なぜ消えて失せてしまうのか
【キャプション】渡邉祐樹弁護士(提供)

元入管職員の弁護士が語る「入管職員の人権意識」、なぜ消えて失せてしまうのか

「入国管理局(現・出入国在留管理庁)のことが報道されるようになったのは、ここ数年の話ですよね。ようやく入管という場所に社会の目が向けられるようになったというのが、私の実感です」

こう話すのは、1990年代半ばから3年近く入管に勤務したのち、2004年に弁護士登録した渡邉祐樹さんだ。現在、在留資格の問題を抱える人たちの案件に多く関わっている。

弁護士へと転身した理由の一つには、先輩職員からの「暴力」があったと告白する。入管で関わった仕事や転身を決めた経緯、そして今どのように外国人たちに向き合っているか、渡邉さんに聞いた。(取材・文/塚田恭子)

●「徐々に意識が変わっていく」

法学部出身の渡邉さんが入管に入ったのは1994年4月。勤務地は成田国際空港、配属先は入国審査部門だった。

「具体的には、空港のブースで外国籍者の出入国審査や、日本国籍者の出帰国を確認していました。ここでは『特定の国からの入国者は審査を厳しくするように』と本省(法務省)から通達が入る、いわゆる摘発の強化月間がありました。

統計的に不法就労が増えている国や、経済格差を考えると、その国から日本に観光で来ることは考えにくい国の人を厳しく見るように、というのが通達の意図です。日本人のブースでも、偽造旅券を使うケースや日本人のなりすましによる不法入国があるので、気は抜けませんでした」

学生時代、接客のバイトをしていたこともあり、渡邉さんは審査待ちで並んでいる外国人たちにも、笑顔で声をかけていたという。だが、その様子を見た先輩職員は渡邉さんを呼び出して、こう言った。

<おい、おまえ、何やっているんだよ。あんな態度だと、なめられるんだよ>

「先輩から怒られたのです。仕方ないので、入国カードを記入していない人や、指示に従わない人に、きつい口調で命令するようにすると『おまえもやっと一人前になったな』と。一人ではなく何人にも、同じことを言われました。

そういう世界なので、徐々に意識が変わってくるというか・・・。それでも丁寧に対応していると、『あいつ、何はりきっているんだ』と逆に目をつけてくる職員もいました」

●「先輩職員から腹や背中を蹴られ、顔を踏まれた」

渡邉さんが入管をやめた理由はいくつかあった。

「大学の同期が司法試験に合格し始めていたんです。当時の司法試験の合格率は2%ほどで、『自分には無理だろう』とあきらめていたのですが、彼らを見て、『(自分も)やれば合格できるかも』と思うようになりました。

ただ、決定的だったのは、職場の人たちから暴行を受けたことです。あるとき、呼び出されてカラオケボックスに行くと、先輩職員が7~8人いました。彼らはすでに酔っていて、私が座ると『おまえはむかつくんだよ』と腹を蹴られ、うずくまると背中を蹴られました。

そして、床に倒れ込むと、顔面を踏まれ、『こぼれちゃった~』といいながら、顔に飲み物をかけられました。反社やブラック企業の話ではありません。法務省下にある入管で、こういうことが起きていたのです」

当時、職場では、渡邉さんに暴行をふるったグループが幅を利かせていた。ハラスメントを相談できる上司も制度もなく、口にすれば、職場にいられなくなる状況だったことについて、「いじめの相談(ができないこと)と一緒です」と渡邉さんは話す。

「入局した年のことなので鮮明に覚えているのですが、1994年、入管職員にボコボコに殴られ、顔の腫れ上がった外国人女性の写真が写真週刊誌に載ったんです。『こういうことがあったから、職員は気をつけるように』と現場でも注意がありました。

そのとき、職員の一人がこう言いました。『顔は皮膚が薄くてアザになるから、やるならケツ。ケツは皮下脂肪が厚いから、よっぽどじゃないとバレないから』。冗談ではなく、彼はそう話していたのです。

私の在職中、入管では、入局後に2週間、2年目に1カ月ほど研修がありましたが、そこで学ぶのは入管法です。在留資格の種類や退去強制の手続きなどが中心で、人権教育はありませんでした。

最近、入管を相手に国家賠償訴訟を起こして、勝っている案件もあります。すでにそういうこともやっているかもしれませんが、入管はこうした事例から、職員がやってはいけないことをきちんと学習するべきだと思います」

入管をやめたあと、司法試験に向けて勉強を始めた渡邉さんは、その過程で、当時の入管職員がやっていたことが違法であることを知ったという。

「司法試験の勉強をする中で、相手が不法入国を図っていたとしても、勝手に荷物を開けたりすることは原則としてできないことを知りました。法学部出身とはいえ、職員時代は私自身、こうしたルールを理解していなかったし、勝手に荷物を開ける職員に、さほど違和感を持っていなかったんです。

収容施設に勤務した経験はないので、施設内での暴行を自分の目で見たことはありません。ただ、入国審査時にも、ごく一部の職員でしたが、外国人を殴る職員はいました。当時の入管の人権意識は今よりも低かったと思います」

●非正規滞在者をつくり出す「日本社会の構造」

弁護士になってからは、埼玉弁護士会の「外国人人権センター運営委員会」に所属。元入管職員という経歴もあって、最初から外国人の相談を多く扱ってきた。

「離婚や借金など、日本人同様の相談もありますが、在留資格や対入管の問題についてどの弁護士に相談すればよいか、当事者である外国人にもなかなか分からないだろうと相談会を開いていました」

当初、多かったのは、非正規滞在だけれど、日本国籍の子どもを養育している外国人の在留特別許可(在特)の案件だった。

「たとえば、日本人男性と婚姻して出産し、離婚した後に在留期間の更新ができずに非正規滞在となってしまった方や、もともと非正規滞在で日本人男性と交際して婚姻はせずに出産した方で、子どもを養育しているといったケースです。

法務省は1996年(平成8年)、日本人の子どもを養育している非正規滞在者に定住者の資格を与えるという『平成8年通達』を出しています。私が弁護士登録した2004年は、5年間で非正規滞在者を半減するキャンペーンを展開していたので、こうした方々はほぼ在特を取得できました。

しかし、みなさんが言うように、ここ数年は本当に厳しくなっていて、在特はなかなか認められなくなっています」

非正規滞在者と聞くと、それだけでマイナスのイメージを持つ人は多い。

だが、中東のクルド人のように、政治的な対立から、自国では命の危険があるため、国を逃れたものの、難民申請が認められない人たちも日本にはいる。日本で育ちながら、生まれたときから仮放免というクルドの子どもたちのように、本人の責めに帰すべきものがないケースも少なくない。

入管職員として、空港という「水際」で外国人の審査をしていた渡邉さんは、在留外国人の就労には構造的な問題があるとも話す。

「バブルのころは、反社のブローカーがマニラに飛んで、『日本で3年働けば、家を建てられるし、兄弟を大学に通わせることもできる』などと言って、現地で女性を集めていました。女性が日本に行った一家が豪邸を建てるのを見て、親は自分の娘に『お金は何とか集めるから、あなたも日本に行きなさい』とすすめるのです。

空港に行くと、用意されているのは偽造旅券で、おかしいと思っても、もう後には引けない。旅券が偽変造であることが見破られず、日本に入国後、その旅券を取り上げられた彼女たちが、どんな仕事に就かされていたか。

私自身、入局したころは『日本の治安を乱す人は入国させない』と思っていたし、実際、問題のある外国人もいます。しかし、彼女たちのように、日本と現地のブローカーに騙されて来日している人も少なくありません。

バブル期、東南アジア諸国では、『日本に行って外貨を稼いで来るように』と国がサポートしていました。トラブルの根本にあるのは、ブローカーが暗躍する余地をつくっている制度であって、これは今に続く構造的な問題です。

海外から『現代の奴隷制』と批判されているように、厳しい就労状況が問題になっている技能実習制度もそうです。劣悪な職場環境から逃げ出した人たちは在留資格を失い、非正規滞在者になってしまう。でも、そうせざるを得ない状況に彼らを追いやり、人権を侵害しているのは、この制度なのです。

この問題に取り組んでいる弁護士たちがあれほど熱心にやっていても、地方の中小企業は、技能実習制度を広げてほしいと霞が関に陳情に行きます。その実態は外国の人たちを安い労働力として利用しているだけだと、誰もがわかっているのに、そこを突くことができない。

外国人就労者に不利な状況が変わっていかないのは、日本ではそれだけ経済界の声が強いということなのでしょう」

●「大切なのはとにかく外の目を入れること」

外国人の在留資格や就労の問題に関わる弁護士、支援者の人たちの地道な努力で、以前に比べれば少しずつではあるものの、人々の目が入管に向けられるようになっている。

一方で、世間の耳目を集めるのは、収容施設内で誰かが命を落とすなど、不幸な事件が起きたときで、そこに至る収容者の処遇問題や、入管の制度上の問題に目を向ける人は、まだまだ多くない。

「多くの日本人は、入管職員の外国人への対応を知りません。もっと知ってもらいたいと思いますが、コロナ禍、自分だって苦しいのに、外国人のことに関わってなどいられないという人も多いのでしょう。

今は公務員の人気が上がっていて、仕事で入管に行くと、職員の窓口対応も丁寧になっていると思います。それでも収容施設で制圧される人、亡くなる人はいます。名古屋入国管理局での死亡事件など、二度と起きてはいけないと思いますが、職員がどんな対応をしていたか、私には想像がつくのです。

入管職員の人権意識はまだまだ低いと思います。人の命を預かっている以上、入管では人権教育をする必要があるでしょう。

視察についても、入管が選んだ人が形式的にやるのではなく、第三者委員が定期的におこない、その視察結果を誰もが読めるように公表するべきです。外部による人権研修を含め、大切なのはとにかく外の目を入れることだと思います」

【プロフィール】
わたなべ・ゆうき/1971年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、東京入国管理局(現・東京出入国在留管理局)に入局。その後、2004年に弁護士登録。埼玉弁護士会の「外国人人権センター運営委員会」、関東弁護士会連合会の「外国人の人権救済委員会」の委員長をそれぞれ2年つとめるなど、弁護士として在留外国人の人権救済に関わっている。

オススメ記事

編集部からのお知らせ

現在、編集部では正社員スタッフ・協力ライター・動画編集スタッフと情報提供を募集しています。詳しくは下記リンクをご確認ください。

正社員スタッフ・協力ライター募集詳細 情報提供はこちら

この記事をシェアする