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教職員の「性暴力」防ぐマニュアル完成したが…被害生徒と保護者に今も残る「不信感」
被害生徒(左)と母親

教職員の「性暴力」防ぐマニュアル完成したが…被害生徒と保護者に今も残る「不信感」

本来ならば、児童や生徒を守るべき立場にある教職員が、その関係性を悪用して「性暴力」をふるう――。東京都教育委員会は、こんなケースを想定した「初動対応マニュアル」を策定して、今年度から運用しはじめた。

言うまでもなく、児童や生徒に対する性暴力があった場合、適切な対応がもとめられる。しかし、学校側が、被害にあった子どもや保護者が納得するような対応をとらず、問題が長引いてしまうことがある。

今回のマニュアルについて、実際に「性暴力事件」に巻き込まれた被害生徒と保護者は、どう思うのか。(ライター・渋井哲也

●児童や生徒に対する「性暴力」防止をさだめた法律ができていた

まず今回のマニュアルに先立って、教職員による性暴力の防止や、早期発見・対処に関する措置をさだめた「児童生徒性暴力等防止法」が、2022年4月に施行されている。

教職員が児童や生徒に性的な行為をすることを「児童生徒性暴力」と定義して、同意の有無や、刑事事件になるかどうかは問わないとしている。

仮に、教職員が違反した場合、その免許は失効となり、さらに、その情報は国のデータベースで一覧できるようになる。

都のマニュアルでは、こうした性暴力について、都教育委員会が設置した第三者相談窓口のほか、保護者から学校への相談、本人以外を含む児童・生徒の打ち明け、教職員による発見を想定している。

発見した場合、管理職は、教育委員会や保護者に一報を入れて、事案に応じては所轄警察署に通報・相談したり、聞き取りなどでの事実確認をしたり、被害のあった子どもの保護や初期支援をおこなったりすることとしている。

●被害にあった生徒は「不信感」を口にする

このマニュアルができる前に起きた「性暴力事件」がある。

練馬区の公立中学につとめていた男性教諭が、強制わいせつの疑いで逮捕された事件だ。男性は勤務先の男子トイレ個室で、男子生徒の体を触るなどした疑いがあった。しかし、釈放直後、男性教諭は自殺したため、不起訴となっている。

この事件をめぐっては、被害にあった生徒と保護者が、学校や区教委の対応に納得していない。生徒は今年3月中学を卒業して、すでに遠方の高校に進学しているため、筆者あてに手紙で気持ちをつづってくれた。

「自分達にとって都合の悪いことは、隠そうとし、被害者に寄りそった対応をすると言っときながら、結局は、自分達の保身に走ろうとする態度に不信感しかありません。この10カ月で、僕の納得できた対応をしたことはありません」

納得できない対応の1つが、学校側が警察に通報しなかったことだ。

防止法では、犯罪の疑いがあるときは、相談に応じた学校が警察に通報・告発することになっている。しかし、この事件の場合、生徒と母親が一緒に警察へ行って被害届を出した。学校は関与しなかったという。母親はこう振り返る。

「当時、私は『防止法』のことを知りませんでした。説明もありませんでした。呼び出されて、校長や副校長と話し合う中で、学校側は穏便に済ませようとしていました。しかし、その方向性に納得がいきませんでしたので、最終的に私と息子で警察に相談に行きました。

そこで、強制わいせつ容疑になることを知らされました。しばらく経って、ネット検索をする中で『防止法』のことを知りました。読んでみたら、警察に通報しなくちゃいけないのは、学校と書いてありました」(母親)

また、防止法では、設置者に報告するまでの間、教職員と児童・生徒との接触を避けるなど、学校は「必要な措置」を講じなければならないとされている。

都のマニュアルでも、配慮の例として、「物理的・時間的動線を分ける等して接触の機会を極力なくす」としている。だが、この点も十分ではなかった。

事件後、被害生徒と保護者、校長、副校長、教諭が話し合った。当の教諭は「遊びの感覚だった」などと釈明したという。そして、その日のうちに、生徒に何度も接触して、「何を望んでいるのか?」などと聞いたという。

「これもおかしな対応だったのではないかと思い、あとになって、学校や区教委に問い合わせました。校長は法律のことを知っていました。『どうして法律に沿った対応をしていないのですか?』と聞くと、最初は対応の不十分さを認めませんでしたが、あとになって認めてきました」(母親)

被害生徒が通っていた中学 被害生徒が通っていた中学

●保護者説明会で「適切な」説明があったのか

事件のあと、一部の保護者を対象とした説明会も開かれた。しかし、被害生徒も母親も、その内容をほとんど知らないという。

たしかに、防止法施行前に出された文科省の指針にも、都のマニュアルにも、保護者説明会に関する項目はない。

ただし、マニュアルには「情報共有」に関する項目があり、「被害児童・生徒の保護者の同意を得て、直ちに、被害児童・生徒は悪くないということを全校児童・生徒に対して伝える」とある。都教委は次のように説明する。

「今回のマニュアルでは、保護者説明会に関する記載はありません。文科省の指針にも書かれていません。具体的なケースにもよりますが、情報共有や説明がされるとしても、必ずしも、保護者説明会がよいとは限りません。

説明会がなされるとしても、クラスの保護者のみとか範囲は慎重に考える必要があります。保護者説明会をすることがよいかどうかはケースによります。いずれにしても、最も優先されるべきは、被害児童・生徒の名誉や尊厳です」(都教委)

しかし、実際は「逮捕されたのは、被害生徒が大袈裟に言ったからだ」などと、被害生徒側が「悪者扱い」される状況が生まれてしまった。保護者説明会で「適切な内容」が共有されていれば――。母親はこんな疑問を投げかける。

「息子の調子が悪く、付いてあげたいと思ったので、私は保護者説明会に参加することができませんでした。このとき、どんな説明をしたのか、区教委に問い合わせ中ですが、まだ返答がありません。

参加した保護者からは『どうして、被害生徒と加害教師を離さないのですか?』という質問が出たと聞いています。『防止法』に沿った対応ができていたら、そんな質問は出ないはずです」

生徒は、筆者あての手紙の最後に「同様の性被害に遭っているかもしれない人へ」として、次のようなメッセージを記している。

「少しでも、犯罪かもしれないと思ったらまず、親や信頼できる先生などがいればすぐ相談してください。ですが、必ずしも学校や教育委員会が解決しようとするとは限りません。僕の時のように時間がかかることもあります。なので、学校の対応が法に沿った対応でなかったら、そこを追及してほしいです。僕は、この法律すら知らなかったので、いろんな人に知ってほしいと思っています」

区教委は取材に対して、事件に関する対応について、被害生徒側が学校に不信感を抱いていることが伝わっているなど、被害生徒の保護者と現在もやりとりをしていることは認めた。ただし、「これ以上、個別の案件については答えられない」としている。

その後、母親に取材をすると、区教委から連絡があったという。

「区教委から連絡があり、『あくまで法律に沿った対応をする』と言われました。すでに事件直後にプレスリリースを発表しているために、これ以上は公表しないとのこと。しかし、掲載されているのは、わいせつ事件で教員が逮捕された事実だけです。不適切対応については公表しないとの回答でした」

被害生徒の手紙 被害生徒の手紙

(※)教職員等による児童生徒性暴力等が発生した場合の初動対応」
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/press/press_release/2023/release20230323_07.html

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