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裁判所で「うんこ」が連呼された珍事件、裁判官が下した判決は 【判例を読む】
広島高等裁判所(papa88 / PIXTA)

裁判所で「うんこ」が連呼された珍事件、裁判官が下した判決は 【判例を読む】

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「出て行け。韓国にはうんこをプレゼントします」などと書いた文書とともに、ビニール袋入りの人糞(じんぷん)を入れた封筒を2019年1月から5回にわたり、駐新潟大韓民国総領事館などに送りつけ、威力業務妨害罪に問われた男性。

このような行為は、はたして威力業務妨害罪にあたるのだろうか。

一審(広島地裁令和元年9月9日判決)は威力業務妨害罪が成立するとしたが、弁護人が控訴。「公館(大使館や領事館)の関係職員を不快な気持ちや侮辱された気持ちにさせることはあっても、畏怖させるに足りる状態にまでは至らせてはいない」などと主張した。

しかし、広島高裁は控訴を棄却し、一審と同じように威力業務妨害罪が成立するとした(広島高裁令和2年2月18日判決)。

そもそも、どのような場合に威力業務妨害罪が成立するのだろうか。

●威力業務妨害罪が成立するには?

威力業務妨害罪は「威力を用いて人の業務を妨害した」場合に成立する(刑法234条)。つまり、単に業務を妨害しただけではなく「威力を用いて」おこなうことが必要とされる。

ここにいう「威力を用いて」にあたるかどうかについては、たびたび争われることがある。

では、「威力」とはなにを意味するのか。

この点、威力業務妨害罪における「威力」とは、客観的にみて被害者の自由意思を制圧するに足りる勢力であるとし、現実に被害者が自由意思を制圧されたことは要しないと示した裁判例(最高裁第二小法廷昭和28年1月30日判決)がある。

画像タイトル 写真はイメージです(マハロ / PIXTA)

実際に「威力を用い」た場合にあたるとした事例としては、被害者の机の引き出し内に猫の死がいを入れておき、被害者に発見させた事例(最高裁第二小法廷平成4年11月27日判決)やキャバレー開店披露の日に客席で牛の内臓やにんにくをコンロで焼いて悪臭を放った事例(広島高裁岡山支部昭和30年12月22日判決)、弁護士の業務用かばんを奪取し隠匿した事例(最高裁昭和59年3月23日判決)などがある。

●人糞は「危険物」?「威力を用いて」にあたる?

今回の事案で争われたのは、人糞を送りつける行為が「威力を用い」た場合にあたるかだ。

弁護人は一審で「送付された物は人糞及び抗議文であって人の生命・身体の安全を脅かせて相手方を畏怖させるようなものではない」などとし、人糞や抗議文を郵送したことは「威力」にはあたらないと主張した。

一審で認定された事実によると、送られた封筒には差出人の記入はなく、外からは内容物がわからない状態だった。中には開封前から異臭がするものもあったが、「開封して初めて人糞ようの汚物が入っていることが確認できた」とされる。

画像タイトル 写真はイメージです(Graphs / PIXTA)

たしかに、人糞は「危険物」とはいえないかもしれない。しかし、「汚物」として不快感や嫌悪感を抱く場合がほとんどであろう。

一審では、このことを指摘したうえで「糞便が入った封筒が一般の郵便物として郵送されてくることなどは誰も思いもよらない異常な出来事」であるとした。

そして、「そのような異常な行動に出る送り主の強い悪意を窺(うかが)わせる点でも不安を高じさせる」と示した。

また、一見人糞のようにみえたとしても、科学的な分析をしなければ有害な物質が仮装されているかは確定できないとした。実際に2001年には米国で炭疽菌が送り付けられるいわゆるアメリカ炭疽菌事件が起き、死者も出ているからである。

控訴審でも、見た目や臭気などから人糞である可能性が高いと当時考えられていたとしても、病原菌など人体に有害なものが混入している可能性も否定できず、危険物であるという不安を抱かせるものだったとされている。

●公館の関係職員らの「自由な意思を制約するに足りる」

一審も控訴審も人糞を送りつける行為は、公館の関係職員らの自由な意思を制約するに足りるものであるとし、「威力を用い」た場合にあたるとした。そして、威力業務妨害罪が成立すると示した。

その理由として、一審は、人糞を受け取った公館の職員が「強い嫌悪感を抱いたり、危険物が送られてきたのではないかと不安を覚えたり」、「他の業務を差し置いても、このような不審物に対する警察や関係機関へのしかるべき対応を余儀なくされることになる」などと述べた。

また、控訴審も一審判決を是認し、差出人の名前がないこと、人糞を封入するという異様さ、同封の文書の内容などが相まって、今後公館の関係者らに対する加害行為へとエスカレートしていくのではないかという不安を抱かせる性質の行為であると指摘した。

さらに、威力業務妨害罪が成立するのは「現実に本件各公館の関係職員が開封して内容物を確認した時点」であるとも示した。(監修:澤井康生弁護士)

プロフィール

澤井 康生
澤井 康生(さわい やすお)弁護士 秋法律事務所
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。

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