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人気漫画「アクタージュ」原作者の逮捕、わいせつ事件起こす人にありがちな「両面性」
人気漫画「アクタージュ act-age」が連載中の週刊少年ジャンプ(2020年8月11日、弁護士ドットコム撮影)

人気漫画「アクタージュ」原作者の逮捕、わいせつ事件起こす人にありがちな「両面性」

路上で女子中学生にわいせつな行為をしたとして、強制わいせつの疑いで、人気漫画「アクタージュ act-age」の原作者、松木達哉容疑者が8月8日、警視庁に逮捕された。

報道によると、松木容疑者は6月18日、東京都中野区内の路上を歩いていた女子中学生に背後から自転車で近づき、追い抜く際に胸を触った容疑が持たれている。区内では、ほかにも同様の事件が発生していたという。

松木容疑者は漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載中の「アクタージュ」の原作をマツキタツヤとして担当していた。

この事件を受け、集英社は8月10日、連載の打ち切りを発表した。「事件の内容と、『週刊少年ジャンプ』の社会的責任の大きさを深刻に受け止め、このような決断に至りました。ご心配、ご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます」と謝罪した。

自転車で背後から近づいて、走り去る犯行はあとをたたない。どのような問題があるのだろう。やはり、自転車を悪用した犯罪の被害に遭った経験のある鐘ケ江啓司弁護士に聞いた。

●自転車で背後から襲われる恐怖

「個人的な話になりますが、私が小学生のころ、自転車に乗っている少年から、突然後頭部をバットで殴られたということがあります。

いきなり地面に倒されて、何があったのかわからなかったのですが、前を見ると、バットを振り回しながら『ワハハ』と笑って過ぎ去る姿が見え、殴られたのだとわかりました。追いかけようとしたのですが、後頭部を殴られたためか体が良く動かずにそのまま逃げられました。後ろの荷台には女の子がいて、こちらを見ていたことが記憶に残っています。

その後、しばらく自転車が来るだけで警戒するようになりましたし、25年以上経過しても記憶に残っています。殴ったほうは忘れているかもしれませんが、殴られたほうは忘れていないということです。

今回の事件とは違う点もありますが、『安心感』が失われるという被害は共通していると思います。『ただ触っただけじゃないか』という問題ではないのです。なので、報道が事実だとすれば、松木氏にはそういった被害をきちんと認識して、反省してもらいたいと思います。

もちろん、弁護人と話して決めることですが、私としては、余罪も含めてすべて話をしたうえで、一人ひとりに対して謝罪と賠償をおこなってほしいと思っています。それが結果的には本人の立ち直りにもつながると思います」

●都市部で発達する防犯カメラの捜査網

今回、警視庁は防犯カメラを調べて、松木容疑者を割り出したと報じられている。自転車による犯罪は捜査が難しい?

「このような犯罪は、昔は手掛かりがなく、犯人が捕まえられないということが多かったと思います。ですが、防犯カメラの普及した現在の都市部では、状況が大きく異なります。

警視庁は防犯カメラ画像の分析・捜査に専従するチームを作っていますし、各県警本部においても同様の部門が設置されつつあるようです(すべての県警本部にあるかは把握していません)。

また、警察では、民間の防犯カメラについても、各県警本部で設置箇所や設置者・管理者を把握するように進められており、複数の防犯カメラをたどることで犯人を特定することができるようになっています。

さらに、犯人の身元についても、レジ付近の防犯カメラ映像や、ポイントカードの登録情報などと紐づけることで特定されています。被害者の目撃情報をつなぎ合わせることで逃走ルートの特定ができて、犯人を特定できるということもあります。

なので、被害に遭った場合は積極的に警察に通報することをおすすめします。多数の通報があれば、警察も捜査に注力しやすくなります」

●事件の加害者によくみられる両面性とは?

なぜこのような犯罪が起きる?  

「この事件で私が一つ危惧していることがあります。松木氏について、別の報道では、『原稿を落とすこともなく、締め切りを守る好青年』とか、『偉ぶることはないし、謙虚で物腰もやわらかい、もの静かな方』といったものがありました。

私は松木氏のことを知らないので想像でしかないのですが、痴漢事件や盗撮事件を起こす人は、過剰なまでに『いい人』ということが良くあります。

痴漢事件の加害者臨床の専門家である斉藤章佳氏が(大森榎本クリニック精神保健福祉部長)、『家庭の法と裁判22号(2019年10月号)』「対談 加害者臨床と更生」という記事で述べていることを引用します。

“痴漢事件や盗撮事件の犯人の特徴として、本当に普通の家庭で育って、比較的、何不自由なく育ってきた人たちなのです。でも、非常に過剰適応的で、他者配慮性が強く従順で、真面目で意思が強い。日本人の典型的な、和を乱さず、親にも反抗を余りせずに育ってきた。親から言わせると、 いわゆる手の掛からなかった子というエピソードはよく聞きます。

だから、家族としてはびっくりするわけで、妻としても、家では従順なイクメンで、職場内でも従順な労働者です。でも、電車内で痴漢行為を繰り返すという特徴があります。被害者と同世代の娘がいる父親がやっているケースもあります”

私の取り扱い経験での話になりますが、過剰に真面目で気配りをする一面と、匿名性が確保された場面で見せる暴力性が同居しているという感じです。どちらかが嘘というのではなく、双方ともが真実なのです。一見、豪放磊落に振舞っているけど、実は深く悩んでいるというパターンもありました。

痴漢事件で逮捕されたあと、自殺するケースが時折報道されます。先日は盗撮で逮捕状が出された人が飛び降り自殺をするというニュースもありました。今回、実名報道がなされて、作品も打ち切りになっています。ネット上にも松木氏を非難する言葉が溢れています。そのことで万一のことが起きないかということを心配しています。もちろん、弁護人含めて周囲の人で配慮されるでしょうが…」

●東京都迷惑防止条例違反での処分の可能性も

この事件の今後の展開は?

「一般的には、この種の事案は、東京都迷惑防止条例や刑法の暴行罪で立件されていると思います。通常、衣服の上から触った場合は、触り方が執拗であったといった事情がなければ強制わいせつ罪として立件されていないと思われます。

私は以前、福岡県で同様の事件の弁護を担当したことがありますが、その際は福岡県迷惑行為防止条例違反で立件されていました。

ただ、平成24年(2012年)時点の警視庁の運用を記載した書籍をみると、『上着(シャツ、ブラウス等)の上から乳房に接触する行為』について、『一般的には、迷惑防止条例5条1項違反の罪が成立するにとどまると解される。接触する行為自体が暴行行為と評価できる場合には強制わいせつ罪が成立すると解される』とする記載があります。追い抜きざまに触るという行為の危険性を加味して、強制わいせつ罪で立件したのかもしれません。

もっとも、最高裁平成29年(2017年)11月29日大法廷判決は、次のように述べています。

『刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には、強姦罪に連なる行為のように、行為そのものが持つ性的性質が明確で、当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため、直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方、行為そのものが持つ性的性質が不明確で、当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上、同条の法定刑の重さに照らすと、性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない』

今回は女子中学生が被害者ですが、強制わいせつ罪の法定刑の重さや、たとえば、これが、男性が被害者の場合にも強制わいせつ罪で立件できるか(そこまで性的な意味が強いといえるか)といったことも考えると、強制わいせつ罪での起訴は難しいように思います。最終的には、東京都迷惑防止条例違反での処分になると予想します」

プロフィール

鐘ケ江 啓司
鐘ケ江 啓司(かねがえ けいじ)弁護士 薬院法律事務所
刑事弁護、中小企業法務(労働問題、知的財産権問題、契約トラブル等)、交通事故、借地借家、相続・遺言、後見、離婚、犯罪被害者支援、等々幅広い事件を取り扱っている。執務のかたわら、条例による盗撮規制の研究をしており、全国47都道府県の警察本部が作成した迷惑行為防止条例の逐条解説、改正経緯の資料等を収集している。

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