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性暴力で妊娠、なぜ中絶するのに「加害者の同意」? 同意書の運用にゆがみ
人工妊娠中絶手術に際して書面で残す「同意書」のひな形

性暴力で妊娠、なぜ中絶するのに「加害者の同意」? 同意書の運用にゆがみ

性暴力を受けて妊娠し中絶を希望したら、医療機関から加害者の同意を求められる――。犯罪被害者を支援する弁護士らにより、人工妊娠中絶に関する衝撃の事実が明るみになった。

「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」は6月26日、日本医師会に対し、適切な対応と実態調査をもとめる要望書を提出。これが報じられると、「なんで今まで同意が必要だったのか」「信じられない」とツイッターでも驚く声が相次いだ。

一体なぜ、このような運用になっていたのだろうか。

●「中絶手術拒否」「適当に名前を書かせた」全国で確認

問題が発覚するきっかけとなったのは、西日本で警察が捜査をしている強制性交等被疑事件だった。

レイプで妊娠した被害者が、中絶手術を受ける際に病院から「子の父」の同意、つまり「加害者の同意」を要求された。しかし、加害者が逃げているため同意を得ることができず、被害者は病院をたらい回しにされてしまったという。

その後のフォーラムの調査で、全国各地で「病院の方針として加害者の同意が必要と言われ、中絶手術を拒否された」「妊娠したレイプ被害者の中絶手術に際し、病院が同意書の配偶者欄に適当に名前を書かせた」などの事例がつぎつぎと明らかになった。

●「加害者の同意」を求める規定はない

人工妊娠中絶は妊娠した女性の希望により、どんな時にでもできるものではなく、法律で認められる条件が定められている。

原則として、身体的、あるいは経済的な理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるものか、それ以外でも性暴力(母体保護法第14条1項2号「暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫」)による妊娠の時は中絶を認めている。

また、母体保護法では、中絶に際しては「本人及び配偶者の同意を得た場合に人工妊娠中絶ができる」と定めており、実施する際には原則として医療機関側が「同意書」を求める運用となっている。

しかし、性暴力のケースでも「加害者の同意」を求めるとする規定はなく、配偶者がわからない時や意思を表示することができない時は、本人の同意だけで足りるとしている(同条2項)。もちろん「性暴力による中絶の場合、相手の同意は不要」としている医療施設もあるが、運用は異なるようだ。

なぜ法律にも規定されていないのに、加害者の同意を必要とする医療機関があるのか。要望書を提出した上谷さくら弁護士は、人工妊娠中絶手術に際して書面で残す「同意書」のひな形の問題を指摘する。日本産婦人科医会が作成したものである。

「同意書のひな形は本人と配偶者の自署を書く欄があります。そこの欄を空欄にするのは不安で、配偶者を『父親と思しき人』という風に拡大解釈しているのではないでしょうか」

人工妊娠中絶手術に際して書面で残す「同意書」のひな形 人工妊娠中絶手術に際して書面で残す「同意書」のひな形

また、今回の申し入れで、医師会側からは「加害者側から訴えられる懸念があり、その部分が払拭できないか」という声があったという。

人工妊娠中絶の同意をめぐっては、過去に裁判例もある。妊娠を続けることで女性の命が危うくなる可能性があるとして、最終的な配偶者の同意がないまま医学的な措置をとったことについて、夫に対して慰謝料50万円の支払いが認められた事例だ。

ただ、上谷弁護士は「性暴力加害者に訴えられて病院側が負けた事例は確認されていない」と指摘する。

ある産婦人科医は「患者を信頼しておらず、話した内容が虚偽かもしれないから、一律に妊娠相手の同意を求めているのではないか。訴訟リスクも考え、医療者側の安全第一なのだろう」とよむ。

フォーラムは「性暴力による中絶では、加害者の同意は不要とする通知が厚労省から出れば、医療機関側も安心するのではないか」として、今後、厚生労働省にも通達の改正を要望する予定だ。

●厚労省の通達「規定に便乗しないよう指導を」

母体保護法をめぐっては、他にも問題が明るみになっている。

1996年9月25日に出された厚生労働省の通達には、性暴力被害者の人工妊娠中絶の規定について「この認定は相当厳格に行う必要があり、いやしくもいわゆる和姦によって妊娠した者が、この規定に便乗して人工妊娠中絶を行うことがないよう十分指導されたい」との記載がある。

本当に性暴力によるものなのか、医師が認定するよう求めるような内容だ。だが、性暴力かどうかは、司法の場で判断されることだ。

上谷弁護士は「レイプかどうかは医師が判断できるものではない。あえて警察に行かない被害者も少なくない。医師は、被害者の申告をもとに、インフォームドコンセントをとって対応して、母体を考えて処置をするべきではないか」と疑問を呈す。

中絶が実施できる母体保護法指定医向けの「指定医師必携」(日本産婦人科医会発行)には、「人工妊娠中絶は他の医療と異なり、単に患者の求めや希望によって行うものではない。中絶の適応があるとして医師が判定した場合にのみ行うべきである」とある。

産婦人科医の遠見才希子さんは「医師が刑法上の性犯罪かを認定することはできない。通達は医師に判断や責任を負わせている。女性の自己決定権を制約する医療が提供されており、中絶をする女性に対する懲罰的な意味も含まれていると感じる」と話す。

今回の中絶の同意書にまつわる問題は、性犯罪被害者支援にたずさわる弁護士にもあまり知られていなかったという。

上谷弁護士は「被害者は警察からの調べなども大変だし、様々な負担の一つとしてこの問題が埋もれてしまっていたのではないか。これをきっかけに、母体保護法は女性の自己決定権を尊重するよう見直されるべきだ」と話した。

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