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「死ぬまで容疑者にされる」警察の強引な「DNA採取」に警鐘、約120万件登録・・・進む監視社会
川口創弁護士(2019年11月17日、編集部撮影)

「死ぬまで容疑者にされる」警察の強引な「DNA採取」に警鐘、約120万件登録・・・進む監視社会

犯罪捜査などに生かすため、警察が運用しているDNA型データベース。登録はおよそ120万件あり、この10年で約100万件という急スピードで増加している。

警察としてはデータはあればあるほど良い。しかしその結果、軽微な事件でも「任意」の名目でDNAが採取されることがある

現在、名古屋地裁では「迷子になったペットを探すチラシを電柱などに貼った」などの理由で警察からDNAを採取・保管されているとして、データの抹消や慰謝料を求める裁判が複数起きている。市民側の代理人を務める川口創弁護士はこう語る。

『任意捜査』と言うが、実際にはろくな説明もなく無制限に採取している。採取を目的に、本来必要がない軽微な犯罪でも『取り調べ』が行なわれている」

「DNAの管理について明確な法律はなく、国家公安委員会の規則があるだけだ。削除されるのは『死亡』と『必要がなくなったとき』。その事件の捜査が終わっても、将来の捜査のために『必要』となる。一度採取されると、地域の犯罪の被疑者として一生疑われる

「究極の個人情報」とも言われるDNAデータを警察はどう扱うべきなのか。川口弁護士も参加した、ジャーナリズムNGO「ワセダクロニクル」と「週刊金曜日」の共催シンポ(11月17日)の内容を紹介したい。

●ペットを探すチラシでDNA採取の必要性はある?

2014年8月、街なかに行方不明になった犬を探すチラシ9枚を貼った名古屋市の女性(50代)が愛知県警から取り調べを受けた。名古屋市には「屋外広告物条例」といって、電柱などにチラシを貼ることを原則禁止とする条例があるからだ。

女性は不起訴になったが、取り調べのときに指紋や写真に加えて、DNAも採取されていた。

問題になったチラシ(2019年11月17日、編集部撮影) 問題になったチラシ(2019年11月17日、編集部撮影)

確かに女性の行為は条例違反かもしれない。しかし、捜査が必要なのだろうか。犬のチラシに罰するに値するほどの違法性があるのだろうか。はがすよう行政指導すれば済むことなのではないかーー。

女性は警察にDNAデータなどの削除を求めた。しかし、回答がなかったため、2019年6月、プライバシー権を保障した憲法13条などに反するとして、国を相手に裁判を起こした。

川口弁護士によると、国は裁判の中で、現在女性のデータは保管していないと明かしたという。しかし、いつ削除されたかは不明。川口弁護士は「憲法論争をしたくないから削除した」可能性もあるとみている。採取されたデータはかくも曖昧な基準で保管されている。

愛知県ではこのほか2019年1月、用水路で釣りをしていた、あま市の男性(20代)が進入禁止の場所に入ったとして取り調べを受け、指紋や写真、DNAを採取されている。この男性も国と県にデータの削除などを求めて、同年9月に提訴した。

●精度向上も、「冤罪」を招く可能性はなくならない

DNAデータが多ければ、なにか事件が起きてもすぐに犯人が見つかるかもしれない。ひいては社会の安全につながるのではないか、という考え方もあるだろう。

これについて川口弁護士は「冤罪」の可能性を指摘する。

「自分が担当した無罪事件のうち1件は警察のでっちあげが疑われるものだった。警察がDNAを付着させる可能性もあり、そうなると反論できなくなってしまう」

2019年11月17日、編集部撮影 講演する川口弁護士(2019年11月17日、編集部撮影)

DNA型鑑定を過信したために無実の菅家利和さんから17年半も自由を奪った「足利事件」の時代から、精度は飛躍的に進歩しているという。

ただし、採取過程に人が介在している以上、ミスや意図的な取り違え・付着などの可能性はぬぐえない。菅家さんが無実なのに「自白」させられていたことを思えば、こうしたリスクがないとは言い難い。

●「監視社会は民主主義の根幹にかかわる」

「監視社会」が広がっていけば、我々のプライバシーや自由が侵害される危険性もある。川口弁護士は次のように説明する。

「多くの人は警察に監視されているとしたら、『模範的な生き方』『お行儀の良い国民であること』を強いられる。監視社会は民主主義の根幹にかかわる危機だ

「利便性や身の潔白のために情報を提供しようと考える人もいるが、『利便性』や『安全』に流されずに、自分らしく生きていくために情報を自分で決定していく意識が求められる

川口弁護士の講演のスライドより(2019年11月17日、編集部撮影) 川口弁護士の講演のスライドより(2019年11月17日、編集部撮影)

●DNA型データベースにも「法整備」が必要

実はDNA型データベースは欧米の方が先に制度を整えている。2010~12年に開催された国家公安委員長主催の「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会」が出した最終報告書では、欧米諸国は日本よりも多くのデータを持っているとして、拡充が提言されている。

「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会」の最終報告書より(29頁) 「捜査手法、取り調べの高度化を図るための研究会」の最終報告書より(29頁)

その後、警察庁は2012年9月、「DNA型データベースの抜本的拡充に向けた取組について」(警察庁丁鑑発第906号)という通達で、積極的にDNAを採取するよう全国の警察に促した。

監視社会ニッポン」と題し、警察とDNAの問題を取材しているワセダクロニクルの渡辺周編集長はこう語る。

「諸外国ではDNAを取っているから、日本でもデータベースを整備しないといけない。そんな風に手段と目的が入れ替わっているのでは。赤信号で渡っただけとか、(DNAを採取する範囲が)広がっていくのが怖い」

渡辺周編集長(2019年11月17日、編集部撮影) 渡辺周編集長(2019年11月17日、編集部撮影)

たとえば、ドイツではDNAの採取を殺人などの重大犯罪と性犯罪に限定しており、データ抹消の要件も法律で定めているという。

日本でも法整備が検討されたことはあった。渡辺編集長はこう説明する。

「警察は当初、義務化すると取りやすくなると考え、法制化を考えていた。しかし、やってみると任意でも取れる。そうすると、法律で枠を決めた方がやりにくくなる。つまり日本の市民は舐められている

一方で、法律があれば良いかというと必ずしもそうではない。川口弁護士によれば、イギリスにも法律はあるが、実際にはほぼ無制限にDNAが採取されているという。

「ただ法律をつくれば良いということではない。プライバシーなどの権利をもっと自分のものにして、自分たちの何が脅かされているのかという意識を持たないといけない。人権・民主主義を守るためにどういう法律要件が必要かを国民的に議論して、適切な内容の法律をつくっていくことが大事」(川口弁護士)

●「顔も指紋もDNAも拒めます」

会場の参加者からは、「任意のDNA採取」を拒否して逮捕されることはないのかという質問もあった。

川口弁護士は「顔も指紋もDNAも拒める。微罪で逮捕となれば、不当な逮捕となる。警察に『令状持ってきてください』と言えばいい」と説明する。

ここで参考になるのは、冒頭の女性のようにペットを探すチラシを電柱などに貼って、2014年5月に任意聴取を受けた名古屋市の男性(50代)の事例だ。

シンポには男性も参加した。手にしているのは問題になった迷子猫を探すチラシ(2019年11月17日、編集部撮影) シンポには男性も参加した。手にしているのは問題になった迷子猫を探すチラシ(2019年11月17日、編集部撮影)

この男性は、警察から任意聴取を受けた際、指紋と掌紋、顔写真などを撮られたが、DNAの採取は拒否した。

書類送検され、不起訴になった男性は現在、捜査が行き過ぎだったとして、愛知県を相手に慰謝料100万円を求める裁判を起こしている。

川口弁護士は、市民が断わるのは容易ではないと思うとしつつも、「警察は『任意だから断れますよ』なんてことは言わない。断らないから法律がなくてもDNAを取れる。断われるということを知って、歯止めをつくらないといけない」と話していた。

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